良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
敗者の尊厳、敗者へのいたわり

北京オリンピックもいよいよ終盤に差し掛かった。北島の二つの金メダルをはじめとして日本選手団の素晴らしい活躍に心躍った。
しかし一番印象深かったシーンはというと、意外にも中国陸上110mハードルの英雄、リューショウの悲劇だった。リューショウは圧倒的な力で金メダルが確実視されていた。しかし足の怪我をしていて走るどころか歩くのもやっとの状態であった。その結果、一回目のフライングのあとに自ら戦列を離れたのだった。
そのあとに悲劇が襲った。何十万人という中国人から、インターネット上で罵詈雑言が浴びせられ、英雄から一気に悪者呼ばわりされることになる。まさしくリンチと暴力の国、中国の真骨頂である。
同じように怪我をして出場を辞退した日本のマラソンのエース、野口みずき選手への日本人の対応とは雲泥の差である。
中国大陸には恐るべきことわざがある。「水に落ちた犬は、棒で叩いて沈めてしまえ。」まさしく今回の陸上の英雄、リュウショウへのリンチは、このことわざをそのまま実行していることになる。本当に中国って恐ろしい国だな。
今回、北京オリンピックのためにミスチルが「GIFT」という素敵な歌を作ったが、ミスチル風に言わせてもらえば
「一番きれいな色ってなんだろう? 一番ひかってるものってなんだろう? 
それは、勝者への惜しみない賛辞におとらないぐらい、敗者の尊厳を守ること、敗者へのいたわりをすることではないだろうか。それこそが最高のGIFTなんだね。」

敗者の尊厳を守ることで、もう一つのエピソードを伝えることにしよう。若い人は驚かれるかもしれないけど、終戦記念日は、実は8月15日ではなく、今日8月21日なんだ。
玉音放送での敗戦の後も、千島列島の占守(シュムシュ)島では、ソ連軍と日本軍の激戦が続いていた。恐ろしいソ連に日本は渡せないと決意した第91師団の兵士たちは、玉砕戦さながらに戦い、そして物量に物を言わせたソ連軍に敗北し、多くの兵士たちが散華した。しかしその結果、ソ連軍の侵攻の勢いは、そがれる結果となったのだ。

日本人は恐ろしい中国大陸と違い、素晴らしい資質を持っている。その一つが「敗者の尊厳を守ること、敗者へのいたわりの心を持っていること」だろう。だけど60年以上前に、日本を守るために最後の最後まで戦い、そして敗北し散華していった日本軍兵士たちの尊厳は守っているだろうか、いたわりの心を持っているだろうか。
敗北した兵士たちにも花を手向け、感謝し、ねぎらいの心を示すこと、それが先人たちへの最高のGIFTだと私は考えている。
占守島での敗戦記念日、8月21日に記す。

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【2008/08/21 21:17】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
水神さま

北京オリンピックでは北島が世界新を出しての金メダルに輝いた。すばらしいことだ。また惜しくも銅メダルだったが、全力を出し切って奮闘した谷亮子に感動を覚えた。
北島の金メダルにも驚いたが、私はもっと別のニュースにも衝撃を覚えた。
それは谷亮子の息子さんが、北京に入ってから奇妙なウイルスに感染したというニュースだ。
これまでも多くの人が中国に入り、不思議なウイルスに感染しているというニュースを聞いていた。
例えば、仙台育英の陸上の期待の星、絹川選手。中国で練習していて感染したらしい。某大学の水泳部の選手も中国で練習中に細菌におかされた。
すべての原因は中国の水の汚さに原因がある。この中国とは真逆に、なぜ日本は水がきれいなのだろう。そのヒントに全国あちこちにある「水神さま」についてきょうは紹介することにしよう。

宮城県内のいたるところに「水神の碑」がある。泉が岳の水神だけでなく、源流の近くや、湧き水のあるところに水神の碑が建てられているのである。それは水のおかげで生活用水が確保できる。農業用水が確保できるといった用水だけのことではなく、洪水に対する恐れもあるような気がする。
旧中田町の北上川沿いの境界立会いに行ったとき聞いた話だ。ここの上流でも昭和23年のアイオン台風で洪水があふれ大災害が起きたらしい。その後堤防をさらにかさ上げし、水害の記憶をとどめるために碑を建てたという。
日本の地形は山岳地帯が急峻で、平野部が短く、そのため川は流れが速い。しかも大雨は梅雨前線の停滞と台風に集約され、その結果水害が起き易い。しかし逆に考えれば、いつも清冽な水に恵まれ、とうとうと流れているのである。古代から日本のご先祖さんたちは、米を作りながら、水に感謝し、同時に水害が起きませんようにと水の神様に祈りを捧げてきたのではないだろうか。

以前も書いたが、仙台は段丘都市である。そのため意外に湧水が多いのである。有名な八幡町の山上清水、青葉神社の湧水、今はショッピングセンターに変わったが、天賞酒造跡地にあった4本の湧水井戸、あるいは台原森林公園内の湧水、荒町の皎林寺内の弘法水、福祉センター内の公園にある池の湧水(あれが清水小路の中心的な湧水)、土樋のあちこちにある湧水、玉出清水、万寿寺の『野田の清水』、・・・・
数え上げたらきりがないほど湧水が多いのである。しかしながら宮町5丁目の親孝行井戸にある「水神さま」のように、小さいながらも、水を神様として拝み、そして感謝するという場所も時々見受けられるのである。
この水に感謝し、水を使う。しかしただ水を使うだけでなく、水の供給源である森を守る、具体的には植林をしてきた先人たちの素晴らしい心根にこそ日本の水の美しさの源流があるのである。水の王者となった北島も偉いが、湧水地や水の源流に水神様を祭り、水に感謝し祈りを捧げてきた我々日本人の先祖たちこそ真の水の金メダリストといえるのかもしれない。

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【2008/08/11 22:25】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
クライマーズ・ハイ
先日、話題の映画「クライマーズ・ハイ」を見てきた。主人公役の堤 真一が相変わらずかっこよかった。
映画は1985年の夏に起きた日航ジャンボ機墜落事件に遭遇した群馬県の地元新聞社の記者たちの物語である。堤真一扮する主人公は、突然この事件のデスクを任されてしまう。大手新聞社やテレビ局も含めて過熱する報道合戦。その中で地元の新聞社としてはどうしても、スクープをものにし一矢を報いようとする。
まさしくこの映画は未曾有の大事件を前にしての新聞記者たちの濃密な日々の記録の断面を描いていた。
取材を重ねるうちに最前線で取材をしていた記者からの驚きの情報が主人公に入った。
それは、事故調査委員会の最終結論として、圧力隔壁の亀裂が原因であるというホットな情報だった。
記者たちは委員の情報を探るべく、あらゆる探査を続ける。その結果、95%この情報どうりで発表するだろうとの確信を持つ。主人公と数人の記者だけがこの秘密を知っていた。そしてこのすごすぎるスクープを紙面に速報で掲載すれば、一気に主人公とこの新聞社は脚光を浴びることになる。まさしく英雄になる直前だった。
ところが主人公は躊躇する。何かが引っかかるのである。そしてつねずね口癖のようにいう「チェック、&ダブルチェック」を改めて口に出す。そして残りの5%の疑問が解決しなければ、やはり紙面にはこのスクープを出さないと決断する。その結果、このスクープには確実性はないと判断しお蔵入りさせてしまうのだ。
すごい決断だ。タイトルのクライマーズ・ハイとは興奮状態が極限まで達したときの異常な心理状態を言うようだが、まさしくあの墜落事件のときの記者たちの心理状態は、クライマーズ・ハイであり、確実性がなくともスクープ欲しさに適当な記事を書いていたところもあったのではないか。そういう意味でもこの極限状況の中でチェック・ダブルチェックを実行する記者はあっぱれといえよう。

クライマーズ・ハイというよりも悪質な嘘情報を掲載し、被害者と加害者を逆に報道していた有名な例がある。
今から40年ぐらい前の岩手県・雫石町の上空で起きた航空機追突事件、いわゆる雫石事故である。
自衛隊の訓練機F86F戦闘機と、Z社のB727機の追突事件である。事件の直後からほとんどのマスコミは「自衛隊機がB727に追突した」という前提で報道していた。国民もこの報道に接し「自衛隊、けしからん」という空気で充満していた。とりわけ自衛隊機を操縦していた市川二曹はパラシュートで脱出し助かったため国民の怒りは爆発していた。しかしこの事故の原因に不審を抱いていた航空関係の専門家達が多数いたのだ。彼らの執念の追跡によって追突地点が解明された。その結果、B727は規定ルートであるジェットルートJ11Lよりも16kmも西側を飛んでいたことを突き止める。その空域は民間機禁止空域である。さらには乗っていた乗客の残した追突直前のビデオには田沢湖が写っていた。このビデオを三角法で解析するとやはり正規のルートを通っていなかったことを突き止められた。普通に考えても戦闘機といっても旧型であり劣速機である自衛隊機が速度が圧倒的に速いB727にうしろから追突するのはおかしい。
専門家の追跡によって、正規のルートをはるかに西にずれて禁止空域に突入したB727機が速度の遅い自衛隊機にうしろから追突した事件だったというのが大方の専門家の見方である。
いずれにしてもよく検証もせずに報道し、国民を世論誘導してしまうのは最も危険な罪ではないだろうか。
本当は被害者だったのに報道によって犯罪者にされた市川二曹の無念はいかほどだったのだろうか。

明日,7月30日こそ雫石事故の起きた命日なのである。

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【2008/07/29 22:49】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
エルトゥールルのなみだ
テレビで恐ろしい映像を見た。なんと日本の教科書に「竹島は日本の領土である」という国際法上も認められている当たり前のことを記載することに抗議しての、ある変わった国のニュースである。
日本を侮辱するために、日本の国旗を路上に広げ、その上に、日本の国鳥であるキジを生きたまま押さえつけ
そのキジをハンマーで叩き殺していた。数羽のキジの鮮血が日の丸を汚し、そして歓声をあげているのだ。
恐ろしい国である。
気持ち悪い映像を見たあと、新聞でとてもいいコラムを読んだ。恐ろしい国とは真逆な、日本を尊敬している親日国トルコの話である。明治時代にあったエルトゥールル号遭難に関するコラムであった。きょうはこのことを紹介することにしよう。

明治時代に日本を訪れていたトルコの軍艦エルトゥールル号が帰途、台風で吹き荒れる和歌山県串本村の大島沖で岩礁に激突し約600名のトルコ軍人が死亡する大事件があったという。
しかし、当時大島の灯台守をしていた青年がこの異変に気づいた。直ちに村長のもとへかけつけた。そのときから村長を始め村民総出でトルコ人救出がはじまった。数十メートルの断崖を上ってきた生存者を助け介抱にあたったのだ。村民の食料もそんなになかったにもかかわらず、食料を優先的に生存者に与え、病院に搬送し大事な薬も惜しみなく与え、献身的に生存者の回復を図ったのだった。
この結果、生存者70名が救出されそしてトルコへの帰還を果たすのだった。帰還には日本海軍が軍艦を提供しイスタンブールまで送り届けたのだ。明治天皇はこの遭難を深く憂慮し、可能な限りの援助をするように指示していた。さらには日本全国でエルトゥールル遭難の犠牲者の遺族のために義捐金募集が図られ莫大な援助金が集まりこのお金もトルコへ届けられた。
この日本人の献身的な救出劇は、トルコ国内に衝撃を与え、そして日本ならびに日本人への感動と感謝の渦で沸き立った。
現在においてもトルコでは、このエルトゥールル号遭難事件を学校で教えて日本への感謝を忘れていないという。
その後大島の人たちは、エルトゥールル号遭難の碑をたて、命日の日に、遭難者のために供養をしている。
事件から110年以上経っているのに大島の人たちってなんて素晴らしいんだろう。ある年の追悼式の日、強い雨が降っていたとき参加した大島の人たちは、「エルトゥールルの遭難者の流す涙のようだ」と言ったという。
日本とトルコを固い絆で結ぶエルトゥールルのなみだか。なんて美しいんだ。
今現在も大島沖にはエルトゥールル号の残骸が海底に眠っているという。

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【2008/07/19 22:09】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
魚のスペシャリスト

先日お会いした方は、魚の行商人をしているお父さんのことを話してくれました。そのお話がとても良かったのできょうはこの話をすることにしよう。

そのお父さんは、秋田の山間部を中心に魚の行商をしている。朝、市場から魚を買い保冷車に大量の魚を仕込み売って歩くのだ。お父さんの行くところは、曜日と場所、時間がだいたい決まっており、その指定の場所では指定時間前に集落の人々が買いに集まってくる。
しかし、お父さんは当然のことながら、予定時間に遅れることも間々あるのだ。ところが魚を買いに集まっている人たちは、そんなことに不平不満も漏らさず、ただひたすらお父さんの保冷車が来るのを待っている。
子供のころから休みの日はお父さんの車に乗ってお手伝いに行ってたらしいが、感動したことがあると言う。
それは、寒い冬の、しかも雪の降っている日にもかかわらず、村の人たちは指定の場所で寒そうにしながら、お父さんの保冷車を待っていたというのだ。
村と言っても車で少し行けば、スーパーに行って魚は買える。だけど魚の行商人であるお父さん人気はすごいらしいのだ。少し高かろうが何であろうが、魚はお父さんから買う。これが並んでいる人たちの定番なのだ。

何がすごいんだろうか。一つには親切なお父さんらしい、例えばどこかの家で緊急に魚が必要になったときでも必ず何とかする。届けるのだ。休みの日であろうと、夜であろうと.。
あるいはさばき方を教えてあげたりおいしい食べ方を教えたりと。
それとお父さんの会話が楽しいらしい。魚を買うことも目的だろうけど、案外お父さんと話をするのが楽しみできている感じがするとも行っていた。それほど買ってくれる人を大事にしているらしいのだ。
それと何よりもお父さんは魚が超大好きだと言うことだ。魚の話になると夢中になって話し込む。家に帰ってからも、魚の刺身などをおつまみにして酒を飲みながら、魚の話をいつもしてくれたと言う。

私はこの魅力的なお父さんの話を聞いていて、とても感心すると同時に、このお父さんは、魚のスペシャリストだと思ったのだ。いつも村の人たちにおいしい魚を提供し喜ばれている。魚を急に入用になった人にも嫌がらずにすぐに届けてあげている。おいしい調理の仕方をいつも研究しそれを買いに来る人たちに教えてあげている。相手が子供であろうとも魚の魅力を余すところなく話す。・・・
すごい、魚の行商人をやっているお父さんは、あっぱれな「魚のスペシャリスト」である。
先日建築士や司法書士などとスペシャリストとしてどう生きるのかと言う議論になったが、何のことはない。
魚のスペシャリストであるお父さんの生き方から学べばいいだけじゃないか。魚を研究し、魚を好きで、魚を料理して、魚の話に夢中で、魚を買ってくれる人に親切にして、生きる。それだけじゃないか。
山形から13号線で北上し秋田県境を越えたあたりで魚の行商をやっていたら間違いなくこのお父さんだということだ。

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【2008/07/12 16:19】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp