先日、ある地権者さんのところに夕方行ったらなにかのお祝いの食事会をしていた。 「斎藤さんも食べていけ。」と言われご馳走になった。お赤飯まであり、何のお祝い会なのかと聞くと、 市道の拡幅工事に伴い、この家の守り神が入っている社(やしろ)を移転することになった。そこで一旦神様を 数十年ぶりに出して、となりの仏間に飾ってあると言う。そしてこの神様を修復し、現在の位置よりも奥の部分に社を建て直し神様をまたお入れするのだという。 この久しぶりに守り神を社から出したことをお祝いして親戚一同を集めて食事会を開いたのだ。 私も隣の仏間に飾ってある守り神様を拝むことにした。すると驚くような美しい神様ではないか。しかも思っていたよりも大きい。1mはあるだろうか。色も青、緑、赤などが配色されていて美しいし、神様の目もきりりとしていて素晴らしい。手には蓮の花を持っているのだと言う。胸のところには菊の御紋があったので、「ところでこの神様は何ですか?」と聞いてみると、驚くべきことに「聖徳太子」なのだそうだ。 その後、ご馳走になりながらこの家の歴史を聞いてまたびっくり。ご先祖はもともと仙台市太白区の諏訪の辺りにいた武将だったそうだ。戦国時代の戦いに敗れ、この地に敗残兵として逃れてきたのだと言う。 諏訪のあたりには今でも「太子堂」と言う地名があるが、まさしくあのあたりなのかもしれない。 この太白区太子堂にはかつて聖徳太子のご神体を祭る祠があることから「太子堂」と言う地名が付いたと聞いているが、この家の守り神様である聖徳太子像と何らかのつながりがあるのかもしれない。 弘法大師をお祭りしているのは良く見かけるが、聖徳太子は始めてみた。聖徳太子信仰というものも根強く全国各地にあるのかもしれない。それほど聖徳太子とは偉大だったのだろう。 地権者さんがいうには、この神様は、病気を治し健康を授ける、子宝を授ける、など総じて幸福を授けるとの言い伝えである。そのためこの家の神様とはいえ、時々遠くからいろんな人が来て拝んでいくとのことだ。 すごいな、聖徳太子。聖徳太子と言えば、17条憲法や仏教の布教など偉大な功績を残したとは聞いているが、しかし一番は「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙なきや」という当時の超大国・中国・隋の独裁者に対等外交をしたことだろう。人々に幸福を授けるだけでなく、日本を属国扱いする中国の独裁者に挑戦状を叩きつけた勇気ある偉人ともいえよう。さらにはそのあまりに聡明で慈悲深いことから「観音菩薩」の生まれ変わりであると言う伝説もあるくらいだ。すごすぎる。 食事をご馳走になって仕事の用件を済ませてから、また聖徳太子様を拝んだ。この家の伝説を聞いてから見るとさらにひときわ美しく見えた。 今現在、もう一人の「観音菩薩の生まれ変わり」と言われているチベットの生き神様・ダライラマが、ある恐るべき国によって苦しめられている。チベットの仏教徒たちが迫害され暴力を受け、次々と殺されているのだ。 聖徳太子様の御神意が、日本だけでなく同じ仏教の独立国・チベットの人たちにも幸福を授けてくれることを祈ろうではないか。聖徳太子像を眺めながら。
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