良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
博士の決断
現在、仙台市博物館で「東北大学の至宝」展が開かれているそうだ。たぶん東北大学の研究者たちが発明・発見してきた素晴らしい数々の至宝が開陳されているのであろう。学問というものには全く無縁な私ではあるが、今日は、東北大学の誇る一人の研究者のことを紹介してみよう。
以前、業界の企画展で「地図は国家なり」を行ったことがある。地図の重要性を伝えようというものだ。その企画展を準備していたとき、河北新報に驚くべきニュースが掲載された。東北大学・理学部地理学教室に約10万点にも及ぶ「外邦図」が存在していて整理中だという。外邦図とは、戦前陸軍・陸地測量部が日本以外の地図を集めたものを言う。具体的には当時、日本領だった朝鮮、台湾はもとより、満州、支那、東南アジア、インド、ボルネオ、ハワイ、パラオ、樺太、ソ連の一部、インドネシア、オーストラリア、さらには遠くマダガスカルまで及ぶ広大な地域の地図群をさす。
ほとんどは5万分の一から10万分の一地図で、陸軍が集めていたわけなので軍事的な意味合いが強いといわれている。この外邦図は10万点どころか実際にはその10倍の枚数があったが戦後、日本の敗戦とともに、陸軍内部でほとんどは焼却されていた。しかし、この日本にとってだけでなく世界全体から見ても、学術的な意味においても重要な地図を焼却することは世界にとってマイナスであると考えた人がいた。その人こそ、東北帝国大学理学部教授・田中館秀三博士である。博士は陸軍の渡辺大佐とともに焼却をやめさせ一部とはいえ、残った10万点の地図群を救う手立てを考えた。その結果、占領軍にも気づかれないように理学部の学生たちの協力もありこれら地図群を東北大学に運び出すことに成功する。一説にはリヤカーで運んだとも言われる。
現在これらの外邦図はきちんと整理され研究に使われているが、一部は理学部自然史博物館で一般公開されている。今は東北大学には半分の地図しかないが、それは岐阜県の博物館や国土地理院に寄贈したからである。
博士は決して国益を考えてだけ行動する人ではない。戦前にはシンガポールの誇るラッフルズ植物園・博物館を救ったことがある。戦争で混乱し、ゲリラなどによってあらされていた植物園を守ったのである。そこにもまた博士の素晴らしい考えがあった。「貴重な文化財や植物は特定の人のものではなく人類全体のものである。」博士は日本軍の協力も得て略奪者たちを追い払い文化財を身を挺して守ったのである。その後日本軍の敗戦によってまたイギリス軍がシンガポールを占拠した。しかし、敵国であっても、シンガポールの貴重な文化財を守ってくれた博士のことは多くのイギリス人、オーストラリア人たちを感動させていた。
現在もラッフルズ博物館の前には、敵味方の区別無く、この博物館を守った田中館博士とイギリスのコーナー博士が並んで立っているパネル写真が掲げられているのである。

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【2007/11/14 22:44】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp