夕べ、友達のSのところに行ったら「いいもの見せっか?」といいながら、でかいラジコンを見せられた。大きさが1mはあろうかというしろものだ。しかも、それは飛行機で、ドイツのメッサーシュミットではないか?それから二人で当時のドイツ軍の飛行機のエンジンの話などで盛り上がった。 しかし今日の話題はドイツのことではない。先日深夜番組で特集をやっていた、「ボーイング社の最新鋭旅客機B−787」のことである。素晴らしい最新鋭機で近じか就航するらしいのだが、なんとこの最新鋭機の約35%が日本製らしいのだ。とりわけ主翼が三菱重工業で作り最先端の材料を使った革新的な設計だという。素直にうれしい気持ちだ。 だが、まてよボーイング社だよ。俺たちの日本を、民間人を問わずに殺しまくり、日本全土を廃墟にしたB−29のボーイング社だよ。あのエノラ・ゲイ号もB−29だ。だから戦後日本航空もある時期まではさすがにボーイング社の機体導入を見送っていたという。まともな日本人の感覚も残っていたのだ。 ただ地獄の閻魔号ともいえるB−29開発物語を知ると、やはり日本軍機の製造の甘さを痛感してしまう。B−29はすごいの一言だ。なにがっていうと「失敗から学び、刻一刻と積み上げていく執念深さが」すごいのだ。対する日本は、緒戦の零戦の勝利に酔っていたわけではないだろうが、積み上げていく合理性がいまいちだ。例えば奇跡のエンジンといわれる「誉」にしてもあまりにも天才エンジニア中川良一氏にたよりすぎだった。命令する海軍も最終的な戦略が描けず、たくさんの機種、エンジンを作り目標が散漫すぎた。一方ボーイング社は失敗を繰り替えしながらもチームで少しずつ馬力を上げていき、最終的なプロジェクトに近づいていく。エンジンも単一に絞り大量生産に備えた。当初日本の「誉」と同じぐらいの馬力しかなかったB−29のエンジンもターボチャージャーを利用し1.5倍にまで引き上げていた。さらに照準機も敵を捉えると、自動的に弾道計算し発砲するというすごすぎる迎撃システムをも備えていた。アメリカってすべてが合理的なんだな。悔しいけどあっぱれだ。 そんなボーイング社の最先端旅客機の相当部分が日本製になり就航するそうだ。うれしい反面、なんか微妙な気持ちだ。できれば国産ですべて作ってほしい。旅客機も戦闘機も爆撃機も。
ところで、最初にメッサーシュミットのラジコンを完成し喜んでいた友人のSの話をしたけど、彼のおじいさんとは、戦前、天才エンジニア中川良一氏が奇跡のエンジン「誉」を格闘しながら作っていた中島飛行機・荻窪工場の工場長をしていた人である。 零戦開発を記念し、生まれた「空の記念日」である9月20日の前日に記す。
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