昨夜のスポーツニュースで、佐賀北高校が甲子園の覇者になったことを知った。驚いた。あまたいる野球専門学校(?)をすべて下して公立高校が優勝したのだ。すごすぎる。 とっさに甲子園の大会歌である「栄冠は君に輝く」をイメージしてしまった。 佐賀北高校こそ、この歌がぴったりと似合う気がした。 ところが今朝のある新聞に、この「栄冠は君に輝く」のことが書いてあった。そこにはこの曲を作った福島の誇る偉大な作曲家「古関裕而」のことが書いてあったが、あまりにも嘘というか、スポーツの行進曲や歌謡曲しか書いてないような紹介の仕方だったので、若干がっかりした。 あらためて古関裕而先生の偉大な足跡を振り返ろうと思う。 私の父は時々軍歌を歌っている。手帳にはびっしりと自分の青春時代を彩った軍歌が手書きしてあり、これを見て歌うのだ。そのせいか、私も大好きになり軍歌を覚えてしまい一緒に歌ったりした。軍歌=軍国主義=悪いものというイメージとは裏腹に素晴らしいものが多いことに気づいた。ところがその中でも、小山作之助とともに素晴らしい軍歌をたくさん作った作曲家がいたのだ。 その人こそ古関裕而である。「暁に祈る」「みなみのつわもの」「海を征く歌」「露営の歌」「愛国の花」「海の進軍」「フィリピン沖の決戦」「あの旗を撃て」「決戦の大空へ」「若鷲の歌」「撃ちてし止まん」「ラバウル海軍航空隊」「台湾沖の凱歌」「雷撃隊出動の歌」「嗚呼、神風特別攻撃隊」・・・・・ 圧倒的な数の名曲を作ったのだ。しかもどこか哀愁を帯びたメロディーであり日本人の心の奥底に響き人気を博したのだ。 しかしその中でも私が一番好きな歌は、やはり「戦友別盃の歌」である。この歌はインドネシアのオランダ軍攻撃のためにベトナムのカムラン湾で駆逐艦に乗り込み、戦友と別れるときの気持ちを歌ったものである。 「戦友別盃の歌」 言うなかれ、君よ、わかれを、 世の常を、また生き死にを、 海ばらのはるけき果てに、 今や、はた何をか言はん、 熱き血を捧ぐる者の、大いなる胸を叩けよ、満月を盃にくだきて、 暫し、ただ酔ひて勢(きほ)へよ、 わが征くはバタビヤの街、君はよくバンドンを突け、 この夕べ 相離(さか)るとも かがやかし南十字を いつの夜か、また共に見ん、 言うなかれ、君よ、わかれを、 見よ、空と水うつところ、黙々と雲は行き雲はゆけるを。
「栄冠・・・」よりも圧倒的な迫力で胸に迫ってくる。これらの戦前の歌の中にこそ古関裕而先生の素晴らしさが表現されていると思う。ただし、佐賀北高校を始めとして甲子園でがんばったすべての高校生に「栄冠」が輝いていることに変わりはないが。
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