| 二日町の小さな神社 |
きょう、事務所の町内会からある「冊子」をいただいた。冊子の名前は「木町通地区平成風土記」。 私の事務所のあるところは国分町3丁目だが、ここも含めて春日町・木町通・支倉町・柏木などの連合町内会で、ここの地区の歴史・お祭り・古くからある商店・・・などを紹介した立派な本を作ったのである。町内会でここまで深く掘り下げ、町の歴史を書かれたことに深く感銘した。と同時に、私の事務所の近くのことを今までまったく知らないでいたことを痛感した。
一番驚いたのは、二日町の大成建設の南側に位置する、小さな神社である。今までは名前さえも知らなかった。名前がなんと「村境榎大明神」というそうだ。すごい名前だな。あんなに小さい神社なのに「大明神」だったんだ。名前のとおり、ここが村境だったそうだ。仙台というのは、伊達政宗が都市計画を行ってから「仙台」となったが、それ以前は小田原村、荒巻村、小泉村、根岸村などから成り立っていた。特に現在の仙台の中心地区は、小田原村と荒巻村の一部を切り取って「仙台」にしたのだ。その小田原村と荒巻村の境目はどこなのかわからなかったが、この「村境榎大明神」こそが、その境目だったらしいのだ。しかもそこには、直径1mもある榎(えのき)の木があったらしい。ただ、昭和20年の空襲により焼失した。そのとき社殿もやられたらしい。ただ奇跡的に御神体は無事だった。そのご、地元関係者の浄財により小さいとはいえ立派な社殿・鳥居・石碑などを作った。現在も商売繁盛の神様として崇敬されているというではないか。さらに驚くべきは、この神社の敷地を「四ツ谷用水」の支流が通っていたことだ。戦後は四ツ谷用水本流を除いては、支流すべてが使われなくなり埋められていった。
他にも読みどころ満載だ。広瀬町の知事公館。戦前は日本陸軍の精鋭部隊「第二師団」の師団長宿舎だったそうだ。その後宮城県知事の知事公館になり、現在は、宮城県もお金苦しいからだろうか、土日に限り結婚式などの慶事のみに有料貸し出ししているという。ちなみに一日8万円。 他には、伊達騒動の当事者である「伊達兵部宗勝」の屋敷跡が支倉町にあることも知った。 伊達騒動っていまひとつわからないけど、あれも土地(領地)の境界争いから大規模な政治闘争に膨らんでいくんだよね。やっぱり土地の境界って深いね。 さらには、春日町でがんばっている、須藤紙店のおんちゃんも写真入りで載っているではないか。 ここの建物は古くて「表戸が庇の後ろから降りてくる」非常にめずらしい構造の建物なんだそうです。知らなかった。自分の事務所の周りだけでも、とても深くてためになるお話がたくさん載っている町内会力作の冊子でした。
*しばらく所用によりブログを休みます。8月20ごろ再開予定。 私の本業のホームページ:不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp
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