今年もいくつかの映画を見ましたが、今日はその中でも印象深かったものを書いていきましょう。その映画は「バルトの楽園」です。ラストにベートーベンの第9番が合唱されるのですが、こんなに感動して聞いた「第9番」は初めてでした。
物語は、第一次世界大戦が終わり、負けたドイツ軍人の捕虜たちが、日本の徳島県の板東俘虜収容所に送られてきたところから始まります。通常、捕虜に対してはどこの国であっても厳しい対応をするものですが、この収容所所長松江は違っていました。捕虜たちを同じ人間として扱ったのです。捕虜たちが印刷物を作れるように印刷機械を貸し出した。またパンを作るもの、ビールを造るもの、チーズを作るもの、ソーセージを作る者たちにも、惜しみなく、機械を与え自由に作らせたのだ。さらに就寝時間も延長してあげたのだ。捕虜たちは感激し、松江所長を尊敬するようになっていた。あるとき、松江所長の耳には、美しい音楽が聞こえていた。ドイツ捕虜たちが合唱をしていたのだ。松江所長は、楽器も購入し彼らに与えた。いつのまにか捕虜たちは練習に練習を重ね、素晴らしいバンドを形成するまでになっていた。松江所長は地元民との交流会も催した。ドイツのソーセージなどの食べ物やビールは地元民たちに好評で、日本人との交流が深まっていた。戦犯捕虜に対する憎しみもいつの間にか消えかかっていた。そして素晴らしい音楽の音色は日本人の 心を深く捉えていた。日本人とドイツ人捕虜の間にはもはや垣根はなくなっていた。それは松江が常々言う「戦争が終われば、敵、味方等関係ない。同じ人間である。彼らは偉大なドイツの国民である。」
何ゆえ、松江はこんなにも人道的なのだろうか。その秘密こそが映画の中心的なテーマだったのである。実は松江は、会津藩出身者だったのだ。そして戊辰戦争に敗れたあとの回想シーンが流れる。戦争に敗れた側の悲惨極まりない地獄のような日々。松江はこのときの負けた側に対する非人道的なことを憎んでいたのである。だから、ドイツ捕虜たちに対しての寛大な措置だったのだ。まさしく会津武士道の極致を生き抜いた偉大な所長だったのだ。
ついに捕虜たちが解放される日が近づいてきた。ドイツ捕虜たちは、所長を始め地元の日本人たちへの感謝の印に、ベートーベンの第9交響曲を引くためにいっそう件名練習に明け暮れる。そして最後の日に演奏がなされる。素晴らしい演奏に会場は割れんばかりの拍手。そして、捕虜代表がお礼の言葉を述べたのだ。「わが友に・・・」といって声が詰まった。しかし、会場からは嵐のような拍手が沸き起こっていた。そしてラストシーンに、カラヤンの本物の第9が演奏でジ・エンド。こんなにも音楽っていいものだったのかと感動しっぱなしの映画でありました。
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