紙芝居を趣味としてサークルを立ち上げているY氏と知り合った。彼の紙芝居の話がとてもおもしろかったので、今日は紙芝居の話しを紹介することにしよう。
仙台最後の紙芝居師・井上藤吉氏が亡くなったのは昨年の暮れだそうだ。井上氏はよく鶴ヶ谷あたりで紙芝居を行っていた。井上氏は生前彼の所有していた膨大な紙芝居のほとんどを、ある公共機関に寄贈していた。未来の子供たちのために。その点数は5300巻にも達するという。ところがこの貴重なな紙芝居がすべて「文化財」に指定されてしまったために、我々普通の市民は見ることも不可能になってしまった。 なんと学術研究者にだけ閲覧を許可するという。 私はY氏に言った。「え?それじゃあ、完全に死んだ文化ですね。井上氏はまさかそんなことになろうとは思ってなかったでしょうね。戦前や昭和20年代から30年代の紙芝居黄金期のころの作品こそ私は見てみたいですよ。例えば怪傑ハリマオとか、ゼロ戦などの活躍を描いた大東亜戦争ものを。」 Y氏「そうそう、私もそう言うものを見てみたいんですよ。ただね、ほとんどはその公共機関に寄贈したけど、井上氏が亡くなる直前まで住んでたある老人施設に、氏が最も大事にしていた紙芝居を数点だけ寄贈しているんですよ。これらの作品はその施設長が許可すれば見れますよ。 やはり素晴らしいできばえの作品で、白孔雀とか思い出のリンゴ園とかいいですよ。 それと大東亜戦争時の作品は、すべて占領軍に検閲を受けていて、井上氏が持っていたものもその検閲を受けOKが出たものだけでしょう。つまり不許可になったものは占領軍が没収し、焼いて捨てたか、アメリカに今も隠されているでしょう。それらの作品はいわゆる戦意高揚紙芝居といわれるものですね。たぶんこういう占領軍が恐れた作品にこそ素晴らしいものがたくさんあるような気がしますが、我々は永久に見ることはできないでしょう。」 私「え?紙芝居という子供たちの楽しみにまで占領軍は手をつけてたんですか。」と大変驚くと同時に怒りがこみ上げてきた。 しかし、Y氏の手元にあるわずかな点数ではあるが、古い時代の作品を丁寧に見てみた。「金太郎」「愛馬とともに」・・・どれもこれも素晴らしい。シンプルだがおもしろい。子供たちを熱狂させた日本独自の文化である紙芝居。そこにはプロの絵師たちによる魂がこもった豊潤な世界が広がっていた。
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