きょうは、仙北の米山町の友だちの家に行ったときの話しをしましょう。
米山町は大きな川である迫川沿いにある町で、昔から水害が多発していたところです。友だちの家は大きな家なのですが、宅地の一角が小高い丘になっているのです。そこのは鬱蒼とした木々があり、その木々に囲まれるようにして、古い蔵があるのです。
この蔵こそ、水屋(みずや)と呼んでいる建物です。すなわち、水害などの災害があっても、仮に自宅が水浸しになっても、大事なもの(米俵、金塊?)は大丈夫なように、小高いところに、丈夫な蔵を作っているというわけです。土蔵ですし、ましてや地盤も森に囲まれてますから、地震にも強いのです。
逆に言えば、北上川や迫川、江合川などの大河に沿っている町は古代から水害に悩まされてきたことを、物語っているのです。現場の境界立会いでよく聞かされることは、昭和23年のアイオン台風のときの被害です。とりわけ北上川、迫川はひどかったようです。
水屋とは先人たちが災害対策に考えた知恵の賜物です。現代的な土地有効利用の見方で言えば、水屋などはむしろ邪魔にされそうです。水屋を壊してアパートでも建てて、有効に利用した方がいいのではないかと思いがちです。しかし、災害はまさしく忘れたころにやってくるのです。
友達の話では、「水屋だけは守れ」、これが代々言い伝わっているそうです。先人たちが水害の恐ろしさを肌で感じ、子孫たちに残したもの、その一つが「水屋」といえそうです。
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