先日、仕事でお世話になっている隼電気株式会社の創業60周年記念パーティにお招きいただいたので行って来ました。とても感銘したことがあったので、紹介することにしましょう。
会場はあふれるほどの人に包まれていました。なんと480人が列席していたそうです。これも60年間電気事業を通じて地域に貢献してきたことと同時に、平間社長の人徳の賜物なのだろうなと思いました。会場には友人や知人も多くいてとても楽しいパーティでした。平間社長の挨拶も素晴らしかったし、ご家族の音楽家による演奏もよかったし、また、知人・友人のスピーチからも、これまでの隼電気の努力のあとがわかる素晴らしいものばかりでした。 しかし、私が最も印象深かったのは、このときに知った隼電気の名前の由来でした。 創業者であり、現社長のお父様である平間幸助氏は戦前、陸軍の隼戦闘機部隊に所属し日本を守ろうと活躍し、復員後は、名機「隼」のごとく「俊敏に、きびきびとしたいい仕事をしたい」との願いから、「隼電気」と命名したとのことです。
驚きました。日本陸軍の誇る名機「隼」戦闘機部隊にいたことが由来だったとは。 隼は零戦に比べると確かに有名ではありません。性能においても例えば、速度・上昇能力・航続力すべてにおいて零戦に若干負けてます。しかし英米の名機であるスピット・ファイアーやハリケーン・バッファローなどと対峙し大活躍しているんです。、マレー英空軍殲滅戦、オーストラリア・ダーウィン上空での撃滅戦、ビルマ・ミンガラドン上空での空戦、ニューギニアでの米第五航空軍との死闘、ガダルカナル、ラバウルでの激戦・・・・・・ やはり小さいながらも、とてもすばしっこく、俊敏で英米軍にとても恐れられていたんです。最後は奮戦むなしく英米の物量にやられましたが、隼は素晴らしかったんです。
そうだったんですか。この隼戦闘機部隊にいたわけですか、お父様は。 ぜひとも隼電気におかれましては、60周年といわず、これからも地域に貢献し繁栄されますことを祈ります。日本を守ろうとし俊敏な動きで活躍した「隼」の心を持って。
エンジンの音 轟々と、 隼は征く 雲の果て、 翼に輝く日の丸と 胸に描きし赤鷲の 印は我らが戦闘機 ・・・・・「加藤隼戦闘隊」より
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