最近読み終わった本が「深海の使者」吉村昭著である。とても驚きの連続だったので、今日はこの本の話しを紹介しよう。
この「深海の使者」は、以前、富士電機株式会社に勤めていた私の叔父に教えられた本だ。話の概要は昭和17年から昭和19年にかけて、ドイツの最新式のレーダーと図面類を極秘にドイツから日本に運ぶ物語である。海軍の技術者たちが主に担ったのだが、軍人以外にもいた。民間の優秀な技術者たちも、日本の勝利のためにレーダー開発の国産化のためにドイツに行って技術指導を仰いだのだ。三菱電機、日本無線、東芝、富士電機などの技術者たちである。 叔父さんは入社したとき、先輩からリアルに「深海の使者」の話を聞いたという。技術者たちの格闘の歴史を。
昭和17年、日本はレーダー技術が英米に比べて劣っていた。この状況を変えるには当時世界最強のレーダーだった、ドイツ軍のウルツブルグレーダーを国産化し、レーダー網を配備しなければならなかった。しかし、ドイツと日本は距離がありすぎウルツブルグを運ぶことが至難の業だった。 そこで最新式の伊30号潜水艦でドイツに行き技術指導を仰ぐとともに、ウルツブルグと図面類、ドイツ人技師たちを日本に運ぶ計画を立てた。しかし、インド・セイロン・アラビア海・マダガスカル・喜望峰・アフリカ西海岸のすべてがイギリスに制海権を握られていたため大変な困難にぶつかっていた。イギリスの警戒網を突破しきれず撃沈した潜水艦もあった。機雷に触れ爆発した潜水艦もいた。しかしその中にあってかろうじて図面類とウルツブルグを持ってきた潜水艦もあった。 戻ってからの技術者たちの格闘もすごい。何しろウルツブルグは高度な最新兵器な為、図面だけで5000枚もある始末だ。この図面のドイツ語を日本語に訳し計算の方法も日本式に直し造っていったのだ.。結局、技術者たちの格闘にもかかわらず、戦局は悪化し、わずかなレーダーしか作れなかった。間に合わなかったのだ。 しかし、富士電機のその先輩は、熱を込めて当時の技術者たちのがんばりを語ってくれたらしい。 戦後の日本の電機技術の飛躍はこういった深海の使者たちの魂の継承にあるのかもしれない。 ちなみに富士電機の「ふ」は古河電工の「ふ」、「じ」はジーメンス社の「じ」、まさしくドイツと日本の資本提携でできた会社なのである。
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