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良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
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岸辺のアルバム
つなみ 海に向かい手を合わせる方々

3.11一周忌のテレビ番組は大震災時の映像を繰り返し流していた。何度見ても涙がこぼれ落ちてしまう。
ところが家が流されていくシーンを見ていたら、不思議とあのドラマを思い出してしまうのだ。
あのドラマとは山田太一の傑作「岸辺のアルバム」で家が流されてしまうシーンである。

私はあまりドラマは見ないのだが、いつも家内とのチャンネル争いに敗れてしぶしぶ見ざるを得ない。
しかしこのドラマは不思議とみてしまった。すこし不気味であり同時に切ないドラマではあったが。
おおよそのストーリーはこうである。
都会で暮らす一家はやっと念願のマイホームを購入し、はたから見ても平和で理想的な家族に見える。
しかし、内実は深刻な問題を家族全員がはらんでおり、徐々に徐々に家庭の崩壊に向かって時は過ぎていくのだ。
そしてついに家族崩壊が決定的となったとき、よりによって家族の絆の象徴でもあったマイホームが、恐るべき水害によって流されるのだ。
家族も家もすべてをなくしてしまった主人公の旦那は、茫然自失の中、流された家のがれきの中から一冊のアルバムをみつけるのだった。

そこにはかつての、楽しくかつ、平和な家族の在りし日の姿が映し出されていた。・・・・・

すべてが流されていく、すなわち諸行無常の恐ろしさがあのドラマにはあり、状況は違えども震災後の家族にも共通項はあるように感ずる。


ところで今日は春分の日。戦前でいえば春季皇霊祭である。
すなわちお彼岸である。暑さ寒さも彼岸まで。これから東北も春に向かっていくのだ。
この彼岸とはどういうことであろうか。
あの世と現世との境界線において、生きている者が、あの世すなわち彼岸にいる死者・先祖のことを思い出し、その霊を
なぐさめるということだろう。

偶然かもしれないけど今年の宮中の歌会始のお題は「岸」でした。
そこで皇后陛下は素晴らしい歌を詠まれました。

津波来し 時の岸辺は 如何なりしと
見下ろす海は 青く静まる

もう一つは

帰り来るを 立ちて待てるに 季(とき)のなく
岸とふ文字を 歳時記に見ず

(津波にさらわれた愛する人の帰りを、ひたすら岸に立って待っているのに、その時は来ない。)

うう、な、なんとすごい歌なんだ。

これを読むとどうしても「岸壁の母」を思い出してしまう。

母は来ました 今日も来た
この岸壁に  今日も来た
届かぬ願いと 知りながら
もしやもしやに もしやもしやに
ひかされて

無理だろうなあとわかっていても、もしかしてと息子の帰りを待ちわびて岸壁に毎日来るお母さん。
今回の震災でも同じような光景を目にすることがありました。
わかっていても納得できない、不条理な死によって、あの世、すなわち彼岸に行ったからって簡単には了解でき
ない。
この「あの世」と「この世」の境界線こそが、象徴的に「岸壁」という意味なのではないのか。
岸壁で彼岸に行ってしまった愛する人を思う気持ちこそが、本当の絆というものなんだろうね。

*お彼岸の日に、岸辺のアルバムと岸壁の母を思い出してこれを記す。
つなみ3
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