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良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
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パンダの背後でうごめく者たち
明日で震災から一年の3月10日である。
今日は仮設住宅での相談会に行ってきた。家族を4人も無くした方は、この1年わけわからない状態で、ただひたすら生きてきただけだ。とボソッと語っていた。その言葉の重みに打ちひしがれた。
被災者たちは懸命に生きているというのに、政府民主党は宮城県が求めていた復興予算を査定し半分に削り、そして最終回答はさらにその半分、すなわち必要なものの4分の1に決定した。
村井知事の怒りは半端ではない。
平野復興大臣の地元、岩手県はほぼ満額なのに、それ以外の県にはこのむごい仕打ちである。

こんな大変な時なのに、一人「パンダ」誘致で舞い上がっているひとがいる。
人口100万人の、ある政令指定都市の女性市長である。
12月にはシナ様がパンダを贈るかもしれないという情報に「お正月を前に素晴らしいお年玉をいただいたようだ。」とはしゃいでいる。
パンダ外交がシナ様お得意の謀略戦であるということも気づかずに。

シナ様の戦略はこうである。
・子供に人気のパンダを送り込んで「反中国」の風潮を「親中国」に変えてしまう。
・パンダ人気にあやかり、その都市に中国領事館を作ってしまう。
・この領事館を拠点として、その県のあらゆる官庁、学校、商工会議所、企業などにシナ様との結びつきを強める戦略を構築する。
・いよいよ中華街をその町の一角に作り上げ、さらには中国人を大量に移民として誘致する。
・外国人参政権を勝ち取り、彼ら大量移民たちが政治・経済を支配する。

すでにその都市には領事館の候補地も定まっているとの情報もある。
動いているのはレンホウとかいう中国人女、自民党の中の究極の売国奴・Kなどである。

ということで今日はシナ様の謀略戦について書いていくことにしよう。
1970年ごろの話である。
ちょうど日中国交回復で日本はシナ様ブームで沸き返っていた頃である。
東南アジアを歴訪していた中央学院大学の西内教授は偶然恐るべき秘密文書を手に入れてしまう。
その文書こそ「日本解放第二期工作要綱」というものである。
この40年の日中間の歴史を顧みるとすべてがこの文書どおりの展開を見せていることがわかる。
この文書の最終目標が明確である。
「日本保有の国力すべてを我が党(中国共産党)の支配下に置く。」
そして「戦犯の首魁・天皇を処刑する。」

この2つの目的を達成するためにあらゆる謀略を使えとこの文書は指示しているのである。
例えば、「群衆掌握の心理戦」
全日本人に中国への好感、親近感を抱かせるという群衆掌握の心理戦を展開せよ。このことによって中国への警戒心を無意識のうちに捨て去らせることができる。

あるいは「三段階の平和解放」
なおすべての項目は、初期においては純然たる奉仕に徹する形態をとり、警戒心を抱かせないために、いささかも政治工作、思想工作、宣伝工作、組織工作を行ってはならない。

まさしくパンダ外交はその第一段階であり日本人の警戒心を解くための謀略戦だったのである。

謀略戦といえば、その筆頭に挙げられるのが「南京大虐殺」という壮大なウソがある。
これはもともとは中国・国民党が仕組んだ謀略である。
戦争に勝てないと見るや、世界に「日本軍の残虐さ」を強調するというウソの宣伝戦である。
この時使われたのが、ダーディンやティンパーリーという外国人記者たちである。
彼らの正体は工作員だったのである。

第1期の工作である「日中国交」を完成させたあと、つぎにはシナ寄りのA新聞社に「南京大虐殺」の記事を書かせ大キャンペーンを敷く。
次に日本の歴史教科書に介入し、力づくで「南京大虐殺」を書かせることに成功する。

現実はどうだったんだろうか。
南京戦の総大将は松井石根、彼は戦闘の始まる前に次のような訓辞までしていた。
「一般外国人、ならびに中国民衆を紛争に巻き込まないように常に留意して外国出先機関とも密接なる連絡を保持するように、又いかなる場合でも一般民衆への暴力や略奪行為は厳罰に処す。」

また日本陸軍というのは、弾薬が不足しておりどんな戦闘でも使用には厳格でありいちいち次のように伝令を出させていた。
「使用弾薬〇発、残り弾薬〇発」
こういった厳格な日本陸軍が無駄に一般民衆30万人を大虐殺することなどあるわけないでしょうが。

一方中国軍はといえば、総大将は唐生智、なんと日本軍の降伏勧告を無視し大将のみが真っ先に逃げるという卑怯者だった。
すると総崩れになる中国軍は、軍服を脱ぎ「便衣兵」となり、さらには中国人の家屋を焼き払い、中国民衆から金目の物を盗みながら逃走、さらには水道や変電所を破壊し尽くすという傍若無人のやりたい放題。
結局中国民衆に暴力、盗み、レイプしていたのが当の中国軍だったという顛末。
この犯罪を日本軍に濡れ衣を着せ歴史的事実にすり替えようとしたのだ。

毛沢東は言う。「嘘も100回言い続けると真実になる。」

濡れ衣を着せられた日本陸軍の兵士の遺書がある。彼は南京大虐殺を行ったとされ処刑された向井少尉である。
「我は天地神明に誓い、捕虜住民を殺害せることは全然なし。南京虐殺などの罪は罪は全然ありません。
ただ死は天明なりと思ひ、日本男子として立派に中国の土になります。・・・・・
・・・・・・・・・・・
中国の奮闘を祈る、日本の敢闘を祈る、天皇陛下万歳、日本万歳、中国万歳、死して護国の鬼となります。」

名古屋の河村市長もついに真実を語り始めた。彼の父親は南京戦に参加してむしろ中国民衆からは解放軍としてとても喜ばれたことを語っていたという。
しかもその後、その中国人一家とは交流まであったことを話していた。
大虐殺をやっていたら交流などあるわけない。
私の父親も南京ではないですが近くの戦争に参加していました。
やはり日本の憲兵隊が厳しくて、略奪や一般民衆への暴力はあり得ないと話していました。

すべては謀略戦、宣伝戦だったのです。
日本は戦前も戦後も、これら謀略戦に負け続けたともいえます。
これら謀略戦の最前線にパンダ外交があることを知る必要があるかもしれませんね。

南京大虐殺 中国民衆に歓呼される日本陸軍

*がんばった日本陸軍の栄誉をたたえて「陸軍記念日」の今日、3月10日に記す。
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【2013/04/18 18:36】 | # [ 編集]


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