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良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
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言葉の力 音楽の力
震災からもはや3か月がたとうとしています。
無我夢中で、母親の手伝いをして片付け方をしていた12日の土曜日だったか、その次の日の日曜日だったか、とても印象深く、忘れられないラジオ番組がありました。

それはFM仙台だからたぶんキー局の東京FMの番組だろうと思います。
本来であれば人気タレントの福山雅治がMCをしてトークと音楽を流すという素敵な番組です。
しかし、なぜかそのときMCは急きょ福山ではなく、ジャーナリストの上杉隆氏が担当していました。
当然彼はMCは初めてのことであり慣れなくて悪戦苦闘していたようですが、しかしこれがいいんです。
音楽の選曲もよく考えられていて素晴らしい曲が流れていた記憶があります。
それにもましてジャーナリスト魂が垣間見られるトークでした。地震専門家、原発専門家、政治家、行政の担当者などと現在の状況、今後の情勢、安否情報、交通情報などを的確に質問し鋭い質問を浴びせていて、まさしく我々被災者たちが聞きたい情報も流しながらの素晴らしい番組でした。

感じたことは二つです。NHKの番組などはもちろん素晴らしい情報力があるのでいいのですが、意外にも、素敵な音楽がどれほど恐怖の中では威力を発揮するかということがわかりました。
それと「言葉」の力というのも重要だということがわかりました。
上杉氏が外国からの論評、芸能人からのメッセージなど様々な方からの言葉を紹介し励ましてもらいました。
度重なる恐るべき余震の中で。
さらには番組の中で人々に勇気を与えるような印象深い詩なども紹介されていました。
「音楽」も「言葉」もとてつもなく力を持っているもんなんですね。恐怖の天変地異の真っただ中では特にそう思いました。

言葉の重要性と言えば、私は今から90年前の関東大震災の時に、内務大臣としてそして復興院総裁として全権を掌握し帝都復興に立ち向かった偉人・後藤新平のことを考えてしまいます。
震災後二日後に内閣を組閣した、山本権兵衛総理大臣が直ちにかつては政敵だった後藤に頼むのです。
「新平、この大震災を乗り切れる男はお前しかいない、頼む、内務大臣を引き受けてくれ。」
すると後藤新平は、「わかりました、すべてのこれまでの行きがかりをなげうって就任要請を受け入れます。そして天皇陛下のおられるこの帝都を見事な街に復興いたします。」

ここからの後藤の動きがすごい。
数日後には、復興の基本軸を発表します。
1、遷都しない 2、復興費は30億円(現在なら30兆円) 3、欧米最新の都市計画による新都を作る
4、新都市計画実施のためには、地主に対し断固とる態度で臨む
さらには後藤の熱意と言葉にほだされた一流の実務派の学者・官僚たちがつぎつぎと「新平のために一肌脱ぐ」覚悟で参戦してくれるのだ。
例えば佐野利器、池田宏・・・
彼らは政治的な野心とかではなく本気で全身全霊で新都市建設に立ち向かったと私は考えている。
そうでなければ激しい地主たちの反対運動の中であれほどの都市計画を実現できるわけがなかろう。
後藤が考えていた初期の案は、地主側の中心的な政治家・伊藤みよじらの激しい反発の中でついには縮小されようとしていた。
これに憂えた後藤や東大・建築学の権威であった佐野などが一斉に住民説明会を各所で開いて最後の説得を試みる。
結局この説得は成功せず後藤たちは失望するのだ。
最後の住民説明会はすさまじかった。政治的にもある意味敗北した後藤の挑発的な、激しい演説は涙を誘う。
まるでそれは自決する前の最後の思いをすべて吐露しているような様相だった。
地主側からの激しいヤジと怒号の中で後藤は、帝都復興にかける自分の思いをすべて叫びきった。そして会場から消え、その後、山本内閣は総辞職する。
結局後藤の計画した案の5分の一ぐらいに縮小した案が次の内閣で承認され後藤の理念は残り、それゆえ今日の東京の中心部にこの時の理念が具現化され残っているのである。
もし後藤の案の通りになっていれば東京は今のような中途半端な都市ではなく、フィラデルフィアやウィーンなどと比肩されるようなすばらしい都市になっていただろう。
しかし現在でも環状八号線を一本作るだけでも大変なのに、よくあれまでの都市計画ができたものだとも考えられる。
やはり後藤新平の帝都復興へのすさまじい情熱があったからこそあれまでのことができたのに違いない。

現在の情けない政局とやらを見るがいい。仕事が全くできてない総理が、敵側に大芝居を打って総理続投という状況である。
普天間問題でアメリカを出し抜いたうそつきが「嘘はいけません。」という始末である。
みんな自分の保身しか考えてなくてさびしい限りです。
ぜひとも後藤新平の全身全霊で帝都復興に取り組んだその姿に学ぶべきではないのか。
その後の後藤はボウイスカウト運動などを提唱し子供たちに囲まれた生活を楽しむのである。
そして東京新都市が曲がりなりにも完成する前年の昭和4年に亡くなるのである。
そして死の直前の有名な言葉が次のようなものである。

「いいかよく聞け、金を残して死ぬものは下だ。仕事での名誉を残して死ぬものは中だ。人を残して死ぬものは上だ。
よく覚えておけ。」
 
つたない文章を最後まで読んでくれてありがとう。

私の本業のホームページ 不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp
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