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良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
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稲村の火はなぜ消えたのか
昨日、姉夫婦や母親と話す機会があったが、その中で義理の兄が、今回の津波に絡んでヤマサ醤油の何代か前の会長・浜口儀兵衛の実話「稲村の火」のことを話していた。
というのは私の義理の兄は仙台で老舗のみそ・しょうゆ屋の社長をしているからヤマサ醤油の偉人のことを知っていたのです。
ところが私の母は、昭和4年生まれで尋常小学校卒だが、不思議にも小学校の国語の時間に習った先ほどの「稲村の火」のことを知っていました。
ということで今日はこの防災教育に役立った「稲村の火」の話を書くことにしよう。

「稲村の火」の抜粋を記します。小説では主人公の名前が五兵衛となっています。
江戸時代の和歌山県の話。ある海辺の村で庄屋をやっている五兵衛は、長くてゆったりとした強い地震の揺れ方と唸るような地鳴りに恐怖した。
海を見ると波が沖へ沖へと引いていくではないか。みるみる海岸には広い砂原や黒い岩底が表れてきた。
「ただごとではない。大津波がやってくるに違いない。」
五兵衛は昔おじいさんから聞いた「地震の後に海が引いたときは大津波が来る。」ということを思い出したのです。

五兵衛は高台に家を構えていたため、この恐るべき海の変化をつぶさに観察することができました。
その日、村は秋のお祭りの日であり、ほとんどの村人は海辺のほうに集まっていました。
このままでは、村の400人が村ごと津波にさらわれてしまう。
とっさに五兵衛は家に駆け込み大きな松明を持って飛び出したのです。
そして、家の前の田んぼにあった刈り取ったばかりの稲むらのすべてに火をつけました。
「もったいないが、これで村中の命が救えるのだ。」
孫がこれを見ていて、おじいさんが気が狂ってしまったと勘違いして泣き叫ぶありさまでした。

ところが海辺でこの火事を見ていた村人たちは、「あ、火事だ。庄屋さんの家だ。」と村人は急いで高台を目指して駆け上がるのでした。
全員が高台に上がってきたことを確認した直後、大津波が村を襲い、すべてを飲み込んでいきました。
村人全員は大津波に流され跡形もなくなってしまった村をただあきれて眺めるばかりでした。
稲むらの火は、風にあおられてさらに燃え上がり、夕闇に包まれたあたりを赤く照らしていたのでした。

この美しい小説は、ラフカディオ・ハーンすなわち小泉八雲が江戸時代のこの実話や明治三陸大津波を題材にして書き上げたものです。
しかし、実際はこの庄屋さんでありヤマサ醤油の会長でもあった浜口儀兵衛は、この後さらに素晴らしい行動をするのです。
津波が去った後に私財をなげうって大きな堤防を作りさらには村の復興にも力を尽くしたのです。
この村では今でもこの津波のあった日に「津波祭り」というのをやっていて注意を喚起することに努めているそうです。

戦前までは、この災害への対処の仕方を教える「稲むらの火」が教科書に必ず載り、海辺の子供たちの防災教育に役立ってました。
しかしなぜか戦後GHQ占領軍はこの素晴らしい小説を教科書から消してしまいました。

教科書から消されたものはたくさんあります。
軍国主義的なもの、国家主義的なもの、天皇陛下を讃えるもの、忠君愛国的なもの、日本の伝統文化のすごさ素晴らしを表現したもの、滅私奉公的なもの、自己犠牲の精神のあるもの、公徳心のあるもの、国家・地域へ恩返しをすることをたたえる内容、民主主義的でないもの、平等主義に反するもの、年上や位の高い人を讃えるもの、日本の偉人伝、例えば、二宮金次郎・楠正成・和気清麻呂・大村益次郎・大山巌・・・(たくさんあります。)

今回の大津波ではあまりにも多くの人がなくなりました。地震から津波までは30分ぐらいありましたが逃げなかった人。また第一波はわずか50cmぐらいしかなくて、それで終わりだろうと安心して戻った人が、一時間後に強烈な第二波にやられてしまった人もいます。一度逃げたが、通帳など大事なものを取りに家に戻り巻き込まれた人など様々います。
もしこの防災教育にも役立った「稲むらの火」が戦前同様教科書に採用されていたなら、多少なりとも「真っ先に逃げる」
「とにかく逃げる」という意識につながったかもしれません。

それよりもなによりも現政権の政治家たちは、GHQが意図した超民主主義的な教科書で習い、しかもその意図通りに歩んできた優等生たちです。
だから津波など「有事に備える。」という意識自体ないのです。国防の重要性が見えないのです。
そのため、麻生元総理が唱えた「100年、200年に一度あるかもしれない大水害に備えるためのスーパー堤防構想」に反対し否決しました。
「100年、200年にあるかどうかもわからない水害対策にお金使うって無駄じゃないでしょうか。」
さらには「コンクリートから人へ」などという甘い幻想にとらわれ、砂防ダムを造るのをやめ、もう一つのダムともいえる田んぼの整備をする「土地改良事業」を半分に減らし、国内流通の生命線である道路事業費を削ったため道路整備がままならなくなっているのです。
まさしく有事に備える、国防こそが最大の福祉ということが理解できないのです。
堤防なんかにお金使うより、こどもたちにお金配ったほうが喜ばれるじゃん。こんな発想なのです。
間違いです。人のために必要なコンクリートを作りましょう。

もどりましょう、本来の日本に。今回の大震災は大変な苦しみを東北にそして日本にもたらしたけど、これを機に災害を含めた国防の重要性をみんなで認識しましょう。そして教科書も本来のものに戻しましょう、日本の伝統文化の素晴らしを学ぶことを基本にして。
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【2011/03/28 05:47】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp


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