きょうは、ある地権者さんのところに行き、境界確定図という重要な書類にはんこをもらいに行きました。そのときの話をしましょう。
このおじさんからはんこをもらったのですが、通常は認印でもらうんです。でも、今回は地積更正登記という本人確認が必要な案件でしたので、実印が必要なんです。最初、実印という重要なものをそう簡単には押せない。といわれたのですが、詳しく説明すると、納得されて実印を出してきてくれたのです。
おじさん「この実印はな。俺の兄貴の形見なんだ。兄貴は昭和20年にソ満国境で戦死したんだが、この実印はその前年の昭和19年に出征するときに俺さ、形見として置いて行ったものなんだ。」
立派な象牙の実印です。形見として置いていったということは、やはり戦争の状況からいっても、死を覚悟して代わりに家を継ぐであろう、弟に置いていったのでしょう。しかし、このおじさんもその後、海軍航空隊の予科練に所属し、まさしく特攻隊員として出征する直前だったようです。兄は第二師団歩兵第4連隊という陸軍の精鋭部隊にいたわけでしょうが、昭和19年、20年の状況といえば、想像しただけで恐ろしくなります。ほとんどの精鋭部隊が南方戦線に移動したためにわずかの部隊で、100万を越えるソ連の大部隊と戦い、そして散って行ったわけですから。
おじさんの話では、やはり場所が場所だけに、遺骨も帰ってこないという。兄の名残は、この実印だけになるのです。その後、さまざまな場面で重要な書類にこの実印を使ってきたことでしょう。しかし、そのたびにこのおじさんは兄のことを思い出したはずです。すなわち、この実印を押すことが、兄への供養になってきたのです。
ところがおじさんは、実印を私によこし、「斎藤さん、あんだ、押せわ。」と言うのです。
私は言われるままに、立派な実印を書類に押しました。実印とは普段においても重要なものであり、その意味はとても重いのです。しかし、きょうの、兄の形見だと言う実印は、とりわけ私には重く感じたのです。
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