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良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
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桜屋敷
仙台は今が桜が満開である。しかしこの雨が続きせっかくの花見が台無しである。
それでもこの小雨の中、花見をする御仁がいると聞く。なんてすごいやつらなんだ。

ということで今日は桜にちなんだ話を書くことにしよう。
八幡桜屋敷
先日松島の山の土地境界問題の相談があった。その方の先祖は江戸時代に武士であり、知行地として4箇所の土地を与えられその一つだといっていた。
私は知行地というものをはじめて知り驚いた。

次の週に、今度は仙台市内の中心部の近くの土地測量を行っていた。その後に地権者さんから聞いた話では、この土地は今は小さな土地であるが、戦前はとても大きな土地であり「桜屋敷」と呼ばれていたという。
江戸時代から続く家柄であり、中流の武士階級であったという。
なんと1500坪もあったというのだ。

その高齢の地権者さんは、彼の祖父が江戸時代の幕末にこの同じ場所、すなわち「桜屋敷」で生きていたことに感慨深いものを感じているようだった。
「当時はねえ。朝の4時ごろにこの家を出てお城にお勤めしてたんですよ。斎藤さん、この歌知ってますか?」と言いつつ
ある歌を歌うのだった。「お江戸日本橋、七つ時、・・・」
「この歌聞いたことあるでしょう。この七つ時というのは午前4時のことなんですよ。この歌にあるように、江戸時代の武士というのは、午前4時あたりから登城して働き、そして午後3時ごろには仕事を終えて帰宅する。そういう日常だったようですよ。」

驚いた。武士というのは午前4時に登城して午後3時には帰宅する生活だったなんて。ということは帰宅してからも明るいわけだから、それから家の仕事をして、そして風呂にでも入り、そのあと酒などを飲みながら食事かな。
今頃の仙台での武士だったら、ましてや桜屋敷と呼ばれた地権者さんのおうちだったら、家の桜を眺めながらお酒を飲んでいたわけだ。

地権者さんとともに「そのころの武士の生活って優雅でうらやましいですね。」という話で盛り上がったのでした。


桜桜桜1

しかし私は以前、「武士の家計簿」という本を読んでいたので、中流や上流の武士であっても、お金に関しては結構厳しい財政状況であることを知っていました。
この本の著者、磯田道史氏は江戸時代から明治にかけての40年にわたる、加賀藩の上級武士・猪山家の詳細な家計簿を偶然にも神田の古本屋で見つけるのでした。締めて16万円で購入したその家計簿こそ宝の山だったのです。

これを分析した結果、猪山家は加賀藩の筆頭・御算用者という上級の位のものでした。御算用者とは藩の財政を一手に仕切る極めて重要なポストで、加賀藩では150名も勤めていたそうです。その筆頭ですからすごい位なのです。
収入は、俸給(加賀藩では金の小判ではなく銀だったそうです。)それと結構な量の米、そして知行地(山林や畑など)
親子二人とも御算用者なので合計の収入は多いのですが、それでもかなりの額の借金をしていたようです。

なぜ借金をしなければならなかったのか?なんと、武士階級というのは、半端じゃない冠婚葬祭費、親戚づきあい、交際費がかかるのだそうです。
孫の着袴の儀式に○文、仲間が江戸から帰着したのでそのご祝儀、跡目相続の祝儀に○文、仏壇への花代も多額を要したようです。菩提寺への喜捨、家来や下女への給金、それだけでなく○○家の家来が来たときにご祝儀袋、
給料日には、家の全員に給金を渡したそうです。母上様に○匁、おばば様に○匁、なんとすでにお嫁に言った娘たちまでそれぞれ○匁、とやっていたそうです。
あるときなどは2歳の孫のお祝い「残置祝い」にも親戚一同がやってきて料理を振舞っている。本当は大鯛を用意する慣わしなのだが、さすがにお金が足りなくて、なんと鯛の絵を描いてそれでもってごまかしたとか。
お嫁さんが妊娠しても大変な出費がかさんだそうです。着帯の時もお祝い会、出生すればさまざまな人に謝礼、三つ目のときの祝宴、七夜の祝宴、初参詣のお祝い会・・・

年がら年中、ご祝儀、冠婚葬祭、交際費でとんでもない借金を抱えていたようです。

武士というのは特権階級でありますが、以外にも大変だったようです。かえって給金以外にチョコチョコお金をもらえる家来や下女などは案外お金に関しては良かったかもしれないとのことです。
それと幕末にかかると町人はお金があってかなり裕福だったようです。農民も米があり強いわけです。
「士農工商」という厳然とした身分制度を我々は習いましたが、これらとはうらはらに、武士って結構大変だったようですね。

それでも武士は武士です。何が違うかといえばやはり教養というのか、教育なんです。女性でも完璧な教育を受けていたわけです。
猪山家のように特殊な技量(会計学のプロ)を持っていたために明治になってからも、海軍の重要なポストを与えられたりして生きられたようです。
やはり土地をたくさん持っているとか、お金をいっぱい持っているとかよりも、教育だったわけだ。最も重要なことは。
低学歴の私としてはいずれにしても、トホホだが。

地権者さんのご先祖さんは、仙台藩の中級武士として登城しお勤めし、午後三時ごろには桜屋敷に帰ってきていたわけだ。
それなりに大変な時代をのりこえて御子孫に何かを残してこられたのだろうと思う。
桜屋敷のご主人さんは、きっと今頃の季節は、教養のある武士のことだから、桜屋敷で桜を見ながら、桜に関する和歌などを吟じていたのかもしれませんね。

桜2 

私の本業のホームページ 不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp




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【2010/04/23 20:10】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp


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