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良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
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因島(いんのしま)残照
先日お会いした地権者さんは太白区に住む方でした。その家に入ると不思議な文様の家紋が額縁にかけられていました。
打ち合わせが終わり、先ほどから気になっていた、例の「家紋」の事を聞いてみました。

すると、その家のおばあさんがいうには、「うちの家紋は、かぶなんですよ。そう、野菜のかぶ。言いつたえによると、S家のご先祖は、広島県の尾道市の瀬戸内海に浮かぶ因島にあったそうです。因島といえば村上水軍の拠点のひとつです。そこには村上水軍の拠点としての城が数多くあったそうです。
S家はその城の一つの頭領だったといわれています。ところが織田信長との戦に負けてしまい、敗残兵として全国を流浪することになったのです。
S家の一部が宮城県にも流れてきて今日に至っているようです。大崎市、一迫町、登米等にも一派がいることがわかっています。
こういうわけで、S家は村上水軍として瀬戸内海で活躍したようです。なぜ、かぶなのか?ですが、敵との戦いにおいて大事なことは、水と食料です。とりわけ因島のような島では、あまり野菜が取れないため、いつ戦がおきても長期戦を戦い抜けるように、野菜を保存食として保存する方法がとられていました。
そこで重宝なのが、大根やかぶです。とりわけかぶの漬物は貴重な食料として重宝がられ、なぜかこのかぶが
うちの家紋になったと聞いています。」

ええ?戦に大事な食料としての「かぶ」が家紋だったとは、とても驚きました。

何年か前、私は尾道に観光で行ったことがあります。残念なことはその当時村上水軍のことにあまり興味がなく
因島にも行っていない、そのことが悔やまれるのです。
当時、私は尾道市の観光桟橋から、一番近くにある島にフェリーで渡っただけでした。
しかもその島に着いてめぼしい観光スポットが無いと判断するや、缶コーヒーを飲んだだけで、すぐに帰りのフェリーで帰ってきたのです。(もったいねえ。)

息子さんが村上水軍のことや、亡くなった父が一生懸命自分の家のルーツを調べていたことを語り始めました。
その膨大な資料は今もその当時のまま二階にあるそうです。
さらにそのルーツとなっている因島に、生前の父と一緒に家族旅行をしたことも話してくれました。
「でも因島ってやくざの島っても言うじゃないですか?」
するとおばあさんは、「それはそうだげど、それだけじゃないがらね。女優の東ちずるさんも因島出身だよ。
因島はいい島でもあるんだがらね。」
と、おばあさんはやくざの島って言われることに反論し、あくまでS家のルーツである因島をかばおうとする。
そのおばあさんの言い方がとてもかわいかった。

今度広島のほうに行ったおりには、ぜひ因島にも行って城跡を探索してみたいものだと思った。S家の先祖が頭領をやっていた城跡(B城)も見てみようと思った。

もし夏の晴れた日にその城跡から瀬戸内海を眺めたならばどういった光景がみえるだろうか?
たぶん、夏の残照に照らされた美しい瀬戸内海が眺められるだろう。それは我々が缶コーヒーを飲みながらフェリーから見えた光景だし、あるいは、S家のご先祖、すなわち村上水軍の一派が戦に破れ敗残兵として、この島を撤退するときに見た残酷なまでの美しい光景が脳裏に浮かぶからだ。

私の本業のホームページ 不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp
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【2009/09/30 20:47】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp


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