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良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
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如来様に委ねよ

現在、あるお寺の確定測量や分筆登記、さらには墓地拡張のための許認可業務を行っている。
先日お寺の住職さんと、これらの実務の打ち合わせに行ったときに、お寺が発行している「○○寺たより」を見せてもらった。なぜなら墓地拡張にともなって、周辺住民にそのことを衆知徹底することが義務付けられており、どういった手段で衆知したかを仙台市に報告しなければならないため、事情を聞いていたからだ。

そのたよりにはしっかりと墓地拡張のお知らせが丁寧に書いてありこれを添付してもいいなと考えていたところ、表紙が目に付いた。そこには毎回「今月の言葉」が書かれているらしく、含蓄のある言葉があった。

「生のみが我等にあらず、死もまた我等なり 我等は生死を並有(へいゆう)するものなり」

我々はともすれば生のみを見て、死というものをタブー視しがちだが、有意義な人生の意味を知るには、むしろ死を凝視することによって得られるという意味らしい。このお寺は真宗大谷派の寺であり、この言葉は真宗大谷派の拠点でもある京都の大谷大学の初代学長、清沢満之(まんし)氏の言葉らしい。
清沢氏は若いときに重い病気にかかり死と直面することになった。この迫りくる「死」という不安と対峙しついに生死を越えるという意味を悟ったそうです。
そして最終的にはすべての人が、如来様に一切を委ねて安楽の世界を得ることができるという確信を持つに至ったそうです.。うーむ、小さな我を捨てて、無限の力を持った如来様に一切を委ねなさいか。なるほどな。

私は難しい仏教思想はよくわからないけど、この清沢満之の言葉と「一切を如来様に委ねよ」という思想には強く惹かれた。
仏教ではないけれど同じような感動をしたことがある。以前見たテレビドラマだが、たしか「明日は陽のそばで」
東京の大学をを中退し地元に戻ったが、目的も見出せずぶらぶらしていたある若者の物語だ。
ある日、近所の神社で一心に祈っている老婆の姿に打たれ神主になろうとし、学校に入りなおす。一生懸命勉強していたのだが、あるとき事件を起こしてしまう。酒を飲んでいたとき、隣り合わせたグループと些細なことから喧嘩をしてしまう。ところが殴った相手が悪かった。なんと学校の理事長の息子だったのだ。
之が元でせっかくの学校も退学となり神主への道が閉ざされてしまうのだ。
これによってますます自暴自棄になる若者。そんなふてくされて生活をしていたある日、またも近所の神社を通りかかったとき、一心不乱に祈りを捧げている老婆の姿を目撃し、感動をする。
神主の道は閉ざされたけど、やはり神様のそばで働きたい。そう思った若者は、宮大工の世界に入っていくのであった。
小さな我を捨てて、如来様、あるいは八百万の神々に祈り続けること、それが大事なんだろうね。やっぱし。

私の本業のホームページ 不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp





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【2009/06/04 19:59】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp


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