初めて、ブログというものを書き込む仙台の良ちんといいます。よろしくです。
仕事は土地家屋調査士というものをしておりますが、ここでは映画や読書、あるいは日常の出来事などを書いていきます。
先日、石巻の知り合いの方と話していて、珍しい苗字だねと聞いたら、次のようなエピソードを話してくれました。その人いわく、「うちの先祖は伊勢で江戸に物資を運ぶ回船問屋をやっていたらしい。だから伊勢にはこの苗字が多いそうだ。その後江戸時代中期にどういうわけか、石巻に移ってきて、ここでやはり回船問屋をやって莫大な財を築いたらしいんだ。ところが、あるときその船が難破し、一気に没落したらしいんだ。それでその後はぱっとしないわけだけど、しかし、今でもお墓だけは馬鹿でかいもので、勢いの良かったころの名残がお墓にあるということなんだろうね。」
なるほど、すごい家だったわけだ。伊勢から石巻に引っ越してきたわけだ。江戸時代ってやっぱし保険制度のようなものはなかったんですかね。難破で没落かあ。
この知り合いのお父さんは戦前、満州で電力事業に従事していたらしいのですが、終戦後、シベリアに抑留され苦労されたようです。さらにおじいさんはといえば、戦前なんと、ゼロ戦の主力エンジンである「栄エンジン」や「誉エンジン」を作っていた中島飛行機の荻窪工場の工場長をしていたとのことです。当時の日誌などを見せてもらったのですが、驚きました。中島飛行機の荻窪工場といえば、主力工場であり、アメリカ軍が徹底的に叩いた場所です。その工場長ですからすごい責任のある地位なわけですよね。お父さんといい、おじさんといい、戦争を真正面で受け止めて、生き抜いてきたんですね。すごいと思いました。
回船問屋の末裔は、中島飛行機の工場長や満州での電力事業という偉大な功績を残し戦後を生きてきたのです。この知り合いも技術者なのですが、先祖たちの残した偉大な功績を受けつでいると感じたしだいです。
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