良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
糸を紡ぐ男
私はいろいろな講演を聞く機会があるが、正直、心の底から感動する、すなわち魂が揺さぶられることは少ない。ひどいときは、ある建設会社のパーティでのことですが、宮城県では高名な方でしたが、建設会社を喜ばせようとのことであろうが驚くべき話を聞いたことがあった。「まもなく阪神大震災級の大地震が必ずきます。そうすれば、一気に建設ラッシュになり株価もうなぎのぼりにあがります。」 ひどい話です。会場も唖然としていました。
ところがこれらの人たちと真逆の、魂が揺さぶられる社長の話を聞く機会がありました。講演ではなく番組ですが、それがNHKのプロフェッショナル・仕事の流儀の番組ででした。
その日のプロフェッショナルは、兵庫県の繊維機械メーカーの社長、片山氏であった。
彼は、今全国の繊維産業から注目されている画期的な機械を作った男である。現在日本の繊維産業は、どん底にいる。かつては3000社もあった繊維会社が今はたったの数百社まで落ち込んだ。
片山氏の周りでも次々と廃業に追い込まれており、中には給料も払えず自殺をする社長も跡を絶たないのだ。
片山氏の会社も一時は社員に給料も払えないぐらいだった。
日本の繊維産業が落ち込んだ理由は、中国にある。低価格を売り物にして、現在では世界の65%の生産が中国に集中している。繊維産業のメッカであるイタリアでも深刻な繊維不況が吹いている。
そんなおり、片山氏が最も尊敬している、ある繊維会社の社長が営業不振から自殺したのだ。
うっすらと涙目になりながら片山氏はそのときの状況を話し始め、なんとしてでも繊維産業の仲間たちを救いたいという一心で、画期的な機械を作った、その動機を明らかにした。早い話、中国の低価格に対抗するため現在のコストの5分の1で生産できるすごすぎる機械を開発したというわけだ。
まさしく片山氏にしてみれば、その尊敬する社長のための弔い合戦であり、繊維産業の仲間のために開発した執念の産物ともいえよう。
機械は縦糸と横糸の複雑な組み合わせから作るようになっており、それゆえ手間がかかるのだ。開発した機械はこれらの手間を一気に解決する優れものだが、私では説明不能である。
この機械が完成すると全国から片山氏の会社に見学者が訪れ機会の注文が殺到している状況である。
番組の司会者が、中国側がこの機械を注文したらどうしますか?と聞くと、片山氏はきっぱりと「断ります」と答えた。日本の若者の雇用のことなんか全く考えずに、ただ自分の会社の儲けだけ考え中国に進出する企業の社長とは考え方が違う。日本の繊維産業の仲間たちのために次々と新しい画期的な機械を作る片山氏の次の言葉に感動した。「ちゃんとした会社がちゃんと生きられる世の中でなきゃおかしいじゃないですか。」 全くそのとおりである。
仲間との糸(きずな)をつなぐ素敵な社長がまだ日本にいたんだと思うととてもうれしくなりました。
安い中国食品を輸入し大もうけし、日本人の雇用を悪くするだけでなく、日本人に毒入り食品を食べさせている売国的な企業がある今日、魂を込めた片山氏の戦いに心からエールを送りたい。

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【2008/02/29 21:46】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
岡田監督の怒り

昨日のサッカー東アジア選手権は日本代表が惜しくも引き分けで優勝を逃し終わった。終わった後の岡田監督の怒りに満ちた記者会見が印象的だった。記者団から評価は?と聞かれ、「私は選手とともに戦った訳で評価する立場に無い。選手も私たちも全力で戦い、残念ながら優勝できなかっただけです。残念です。」と目は血走り体ごと怒っている感じで、早々と退散した。言葉の雰囲気からすると、決して選手を非難しているのではなくこの異常な大会そのものへの怒りと受け止めた。
それはそうだ。相変わらずの日本への度を越したブーイング、世界ではありえない国歌斉唱時の「君が代」をかき消すブーイング、さらには日本選手への暴力。それによってたくさんのけが人を出した。とりわけ期待の新人安田へのキックはプロレス技である。さらには鈴木ののどを絞める行為、そして買収されたかのようなめちゃくちゃなレフェリングをする審判団、日本選手にも日本人サポーターにまで投げ込まれるペットボトルや生ごみなど、試合中には中国語で「殺狗」(犬畜生共を殺してしまえ)、あるいは「小日本を倒せ」と合唱する中国人サポーターたち、試合が終わっても日本選手団の乗るバスを数千人で囲みコーラのビンや生ごみを投げつけ、罵詈雑言を浴びせ続けた。さすがにFIFAも暴力行為を重視し、中国側に罰金を課すことになったが。
これがホスト国(ゲスト国をお招きして素晴らしい環境を提供して良いサッカー大会を行う側)中国の実態なのである。
岡田監督はこれら一連の卑劣な中国の仕打ちをすべて我慢し甘受した。そして選手には冷静さを求め一方その怒りをボールに込めさせた。対中国戦のときあまりにも日本選手への暴力が度重なったとき岡田監督は激しく怒鳴りまくっていた。それは審判にであろうし、暴力を振り続ける中国選手たちにであろうし、マナーが全く無い中国人サポーターにであろうし大会そのものへの爆発であっただろう。もはや大会そのものがサッカーを利用した日本へのリンチと受け止めたかもしれない。
去年、フィギィアスケートの世界大会が中国で行われたことがあったが、あの時も日本代表の中野由加里選手が滑ろうとする瞬間に中国人が何かを投げつけた。これが中野選手の頭を直撃、少し休憩して演技が始まったが中野選手はショックのあまり良い演技ができずに終了したことがあった。もはやサッカーだから興奮するとかそういう問題ではないのだ。石原知事的に言わせれば「しょうがねえじゃねえか。支那は民度が低いんだから。」ということになるのだろう。こんな国で今年オリンピックが行われようとしている。さすがにフランスの英雄、ジダンは中国という、「サッカーではなく暴力が支配している国で試合をしたくない。」と出場を拒否。さらには北京オリンピックのプロデューサーを引き受けていたアメリカのスピルバーグ監督も人権問題が懸念される中国を批判し役目を下りることを判断した。さらには女優ミア・ファローは「北京オリンピック中止」を世界に呼びかけている。
ただ唯一、友好を旗印に中国をヨイショしまくる日本のマスコミがいることも確かだ。あの中国戦でも最初のほうは激しいブーイングが音声から聞こえていたが、途中から少し聞こえにくくなっていた。たぶん観客席の音声部分を絞っていたのだろう。なんとしても日中友好にひびが入ってはいけないという苦肉の策かもしれない。
岡田監督は選手の怪我を一番心配しこの大会に怒っていた。サッカーというよりも暴力によるリンチショーの様相が強かったからだ。最後の試合後の記者会見はそのことを如実に表していたように思えてならない。
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【2008/02/24 11:57】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
港を出でよ

先日サッカーの雑誌をコンビニで立ち読みしていたら面白い文章に出会った。日本代表の岡田監督が興味深いことを話していたのだ。スポーツという語源についてだ。なんと、スポーツとは、もともとdisport、から来ているのだという。disとは反意語で、port は港、あるいは港の内、したがってdisportとは、港の内から外へ出るという意味らしい。港から出るすなわち秩序のある、安寧の陸から大海へ出るという意味らしい。大海原へ出るか。
ところがこのスポーツ、disport,港の外へ出るという意味の単語を、日本へ輸入するとき「体育」と訳してしまったらしい。体育というと苦しそうだな。しかし本来のスポーツとは港の外へ出る。解放されたイメージなのだ。授業が終わってみんな解放された気分で、野球やサッカーを放課後にやる、あれこそがスポーツの意味じゃないか。

そんなおりとても素晴らしい番組を見た。サッカー元日本代表の福田健二選手の特集番組である。彼はグランパスの後J2の仙台に来たがいまひとつぱっとせず退団。しかし夢をあきらめずベネズエラのプロリーグに入団していたのだ。そしてここで活躍をする。その後もメキシコに請われて移籍しさらに大活躍するのだ。この福田に着目したスペインリーグのカナリア島に本拠地を持つチームに請われて入団し現在に至る。カメラはこのスペインリーグで苦悩しながらもがんばっている福田の現在を追跡する。やっと出番が来たかと思うと二日前に怪我をし試合出場を棒に振る。ふてくされる福田。その後出場に恵まれるも決定打が出ずFWとしての仕事をしていないとスポーツ紙に叩かれる毎日。子供は学校で「お前のお父さん、ぜんぜんだめじゃん」といじめられ、奥さんはスペインの友達から「スペインには観光できたんでしょう。」と皮肉を言われる。
しかし調子が上向きかけたある試合、福田がゴール近くまでドリブル、あわてた相手ディフェンダーがファール。
このPKは自分が蹴るとチームの誰にも譲らない福田。ボールを置いていよいよPKだ。カメラはアップで福田を撮影している。入れば歓喜に包まれ一躍ヒーローの誕生だ。失敗すれば・・・。福田も緊張しこちらもどきどきするぐらいだ。数秒後、な、なんと、PK失敗。どよめく会場。と同時に福田への激しい罵声、やじの嵐。
福田は泣き崩れ、泣きながらベンチへ引っ込む。
カメラは次の日の福田を取材し現在の心境を聞こうとする。「昨日はだめでしたけどぜんぜんあきらめる気持ちはありませんよ。もちろん次の試合でも結果を出せなければ退団ということになるかもしれません。たとえそうなったとしてもまた別の国でチームを見つけてサッカーをするつもりです。私にはサッカーしかありませんからね。スポンサーが付いているわけでもないので、とにかく結果を出すしかないんですね。」
すごい選手である。というか確かに我々サッカーファンというものも中村俊輔などの一流選手しかみていないため、こういう目立たないところでがんばっている選手のことを知らないでいる。ただ福田選手は確かに今、日本代表でもなく、目立たないスペインリーグの2部にいてそれもいまひとつだ。だけど彼の言葉にはチャレンジしていることへの自信がみなぎっている。それはそうだ。日本という安寧、秩序、から出て自分の能力だけで闘っているわけだから。すなわち彼は間違いなく、港を出て大海原を航海している真のスポーツマンだからだ。

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【2008/02/13 21:57】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
三陸海岸
ある地権者さんから、三陸海岸のある町に住んでいたときの、リアルで印象的な話を聞いた。今日はその話しを紹介することにしよう。
その地権者さんは、若い時、赴任先の陸前高田市に住んでいたという。ちょうど昭和34年か35年のころだったという。そのときチリ地震津波が襲ってきたのだ。避難命令が出され、多くの町民は高台へ逃げた。昔から三陸海岸には「てんでんこににげろ」という言い伝えがある。てんでんこににげろとは、家族ばらばらに逃げろという意味で、津波はあらゆる方向から町を襲い、人々を飲みこんでしまうことから、家族が全員死んでしまわないようにこういう言い伝えがあるという。それほど恐ろしいものらしい。
地権者さんたちは早い段階から逃げることに成功し、高台に到達していた。そこで見たものがこの世の地獄のような有様だったという。津波が沖の方からだんだんやってきたのだが、それが大きな滝のような感じであり、その滝の上端部分の高さが丁度自分がいる高台の高さぐらいあったというのだ。
しかも逃げ遅れた人々が次々と津波に飲み込まれていく様を目撃してしまったのだ。あちこちから悲鳴と泣き叫ぶ声が聞こえたという。地権者さんは今でもこのときの情景をまるで昨日見てきたように話すのだ。
滝のような津波か。すごいな。

三陸海岸は昔から津波が襲ってきては人々を苦しめてきた。その中でも一番巨大な津波は、やはり明治29年の「三陸大津波」であろう。この津波は春の日曜日で、しかも大安の日のお昼頃に襲ってきた。大安だったため結婚式が三陸海岸のあちこちで行われてきた。恐るべき津波の絵を見たことがあるが、新郎新婦やらご媒酌人様まで紋付はかま姿や、和服のままで津波に飲み込まれている様を描いていた。
このときの津波の最高到達点は38mだという。今も三陸のある町の標高30mの地点に津波が運んできた巨大な岩石が突き刺さっていると聞く。また高台にある家では物干し竿にばらばらとワカメが天からふってきたという.。しかしこの恐るべき「三陸大津波」のとき大活躍した看護婦さんのことが記録されていて読んだことがある。後に世界で最初にナイチンゲール記章を受賞した荻原タケである。彼女の日記が淡々と津波後の地獄を描いている。荻原は日赤の看護婦さんとして宮古まで来た。まだ山田線が無かったころだ。陸軍の兵士とともに盛岡からはなんと北上山地を歩いて越えたのだ。わらじをはき脚絆をまき、盛岡から宮古まで4日間かけて踏破したのだという。そして宮古では多くの患者さんを助け、この活躍を聞いた皇后陛下は、任務完了後の萩原タケに格別に恩賞を与えた。
このときから陸軍と日赤はある意味表裏一体に、軍事作戦だけでなく津波や地震、台風、水害など国民を苦しめた災害時に大活躍することになる。その先鞭をつけたのが三陸大津波といえる。

三陸海岸は美しい。しかしその美しさとは対極にある凶暴な自然災害に襲われ続けてきた歴史があることも確かだが。

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【2008/02/08 20:11】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
偽装の本質

ラーメン店で、ラーメン+餃子のセットを食べた。運んできた人が「うちの餃子は手作りです。」とわざわざ言っていたのが笑えた。今回の中国産殺虫剤入り餃子は日本中をパニックにさせたので今日はこのことをお話しよう。
ある方がインターネットで極端に安い中国産うなぎを購入したことがあるそうだ。ところがそのうなぎは、何かにおいがおかしいのだという。皮が妙に厚くて臭いのである。結局気持ち悪くなって料理もせずに捨ててしまったという。中国産のうなぎは養鰻場にたくさんの残飯だけでなく、蛙や牛のうんこ等なんでも入れてうなぎに食わせるという。たくさん食べたうなぎはすぐに丸々と太る為効率がよく、そしてすぐに日本へ輸出する。すべては金儲けのためなのである。だから臭いのである。あるいは中国産の野菜は毒野菜といわれる。さまざまな薬を大量にかけて病害虫対策であると同時に、日持ちさせるためだ。中国でも毒野菜を食べた雲南省の人たちがたくさん死んでいるのである。このため中国では毒野菜を洗うための洗剤が売れているのだという。今回の猛毒である殺虫剤もなぜ使ったかといえば、豚肉などが腐れて虫が沸いたからだ。中国とは何もかもがこのようなものなのだ。
腐れた肉でも何でも使う。それが中国なのである。羊頭狗肉という言葉が昔から中国にはあるが、これなども言葉どうりのことが昔から行われていたからこういうことわざが生まれたのかもしれない。
しかし中国の恐ろしさは「偽装」が巧妙だということだ。野菜でもまともに『中国産」と書いてあれば売れなくなるため野菜の帯に「国産」表示をするという。本来なら○○農業協同組合とあるべきところがただ「国産」とあるときは要注意だ。いずれにしても中国とは「偽」の大国だということは覚えておこう。

偽装といえば、先日、学研が中国の工場で作っている地球儀の偽装表示が思い出される。こちらも大問題である。何しろ主権国家である台湾を中国領土として偽装させたのだ。学研としては中国のしかるべき機関から要求どうりの偽装をしなければ、この後の販売は認めないとすごまれ偽装をしてしまったのだという。ちなみに中国の学校で使われている地図帳では中国領土のなかに「台湾、朝鮮半島全部、沖縄」も入っている。世界がなんと言おうと、中国は変えるつもりは無い。もはや話し合いでどうのこうのできる相手ではないのである。
そういう意味では。今回の殺虫剤入り餃子事件でも、決して中国政府も、食品会社も謝罪しないし何もしないだろう。「日本人はもっと冷静になりなさい。」と素晴らしいアドバイスをしてくれるかもしれない。また中国に対してめちゃくちゃ弱い日本のマスコミも、中国側への抗議は一切せず、ひたすら日本の機関の誰の通報が遅れたとか、検査機関が悪いだとか、に終始しいつのまにやら、次に発生するであろう事件やら芸能人の離婚やらにフラッシュが浴びせられ「超危険な中国食品問題」もまもなくテレビから消えてしまうと予想する。中国の食品の危険性はだいぶ前から識者から指摘され、実際ヨーロッパの先進国では中国食品は全面輸入禁止にしており、大量に輸入しているのは日本だけなのである。また広島の高校生の中国修学旅行でも食中毒事件は起きていたのだ。だがこういった重大なことを知っていながらこれまで報道せず、隠し続け中国に肩入れしてきた日本のマスコミの態度にこそ偽装の本質があるような気がするのです。

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【2008/02/02 15:55】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp