良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
段丘都市

大学病院に入院していたとき、驚くべきことに気づいた。私の部屋は西病棟の10階の一番西でしたが夕方から夜にかけて圧倒的な存在感を持って、西側の丘陵地帯が見えたのです。
車で歩くとあまり仙台に丘陵地帯があることを意識せずに見過ごしてしまいます。しかし、意外に丘陵地帯があるのです。今日はそのときの驚きを書いていくことにしましょう。

数年前に、ある測量会社の技術顧問の方から聞いたことがあります。「仙台はね、段丘都市なんですよ。」
そのときはぼんやりと聞いており、仙台平野なのに、このおんちゃん、なに言ってるんだろう。というぐらいに聞き流していたんです。
だけど大学病院の夕方に見た西部の丘陵地帯は、本物の丘陵地帯でありその技術顧問の方が言ってることが本当だと実感した日でもありました。
技術顧問の方の話をまとめると、次のようになります。八幡7丁目〜仏舎利塔の国見〜貝ケ森〜北山〜堤町〜台原までのルートは、高い低いはあるものの、れっきとした丘陵地帯であり、段丘の一番高い部分です。そしてこの最初の段丘から徐々に東南の方向に、ものすごく緩やかに段丘が何段階かを経て低くなっている。簡単に言ってしまえば、仏舎利塔の西北をトップとして、六郷あたりの東南方向へ徐々に段丘を経て低くなっているらしいのです。
平らだと思っている仙台の中心地を走ったり歩いてみても気づくことはあると思います。若林区の石垣町あたりから土樋に行くところなんかも結構きつい傾斜になってますよね。段丘なんだそうです。
なぜ四谷用水を、八幡7丁目〜大崎八幡神社〜土橋〜木町〜梅田川に作ったのか。これらの位置は先ほどの段丘の一番下の位置です。すなわち段丘(丘陵地帯)から膨大に流れでる湧水を集める意味も込められていました。四谷用水とは、用水だけでなく排水の目的もあったのです。もし、四谷用水が無ければ、これらの段丘部分から膨大に流れ出る湧水が大量に仙台の町にあふれて、街が混乱します。四谷用水はこれらを防ぐ目的もあったのです。さらには目立たないぐらいの落差で次々と東南の方向へ段丘は続きます。この段丘の節目節目で、四谷用水の支流がやはり掘られていたのです。
四谷用水とその支流群とは、用水と排水を兼ねた仙台の街づくりの重要な役割を示していたことになります。仙台の町が八幡〜国見〜北山〜台原ルートの丘陵地帯から始まって段々と東南方向へ段丘が下りていく「段丘都市」であったことを見抜いて都市計画(街割り)をしていたのです。
偉大なり、伊達政宗、そして偉大なり、測量技師・川村孫兵衛。

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【2007/08/29 22:14】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
栄冠は君に輝く

昨夜のスポーツニュースで、佐賀北高校が甲子園の覇者になったことを知った。驚いた。あまたいる野球専門学校(?)をすべて下して公立高校が優勝したのだ。すごすぎる。
とっさに甲子園の大会歌である「栄冠は君に輝く」をイメージしてしまった。
佐賀北高校こそ、この歌がぴったりと似合う気がした。
ところが今朝のある新聞に、この「栄冠は君に輝く」のことが書いてあった。そこにはこの曲を作った福島の誇る偉大な作曲家「古関裕而」のことが書いてあったが、あまりにも嘘というか、スポーツの行進曲や歌謡曲しか書いてないような紹介の仕方だったので、若干がっかりした。
あらためて古関裕而先生の偉大な足跡を振り返ろうと思う。
私の父は時々軍歌を歌っている。手帳にはびっしりと自分の青春時代を彩った軍歌が手書きしてあり、これを見て歌うのだ。そのせいか、私も大好きになり軍歌を覚えてしまい一緒に歌ったりした。軍歌=軍国主義=悪いものというイメージとは裏腹に素晴らしいものが多いことに気づいた。ところがその中でも、小山作之助とともに素晴らしい軍歌をたくさん作った作曲家がいたのだ。
その人こそ古関裕而である。「暁に祈る」「みなみのつわもの」「海を征く歌」「露営の歌」「愛国の花」「海の進軍」「フィリピン沖の決戦」「あの旗を撃て」「決戦の大空へ」「若鷲の歌」「撃ちてし止まん」「ラバウル海軍航空隊」「台湾沖の凱歌」「雷撃隊出動の歌」「嗚呼、神風特別攻撃隊」・・・・・
圧倒的な数の名曲を作ったのだ。しかもどこか哀愁を帯びたメロディーであり日本人の心の奥底に響き人気を博したのだ。
しかしその中でも私が一番好きな歌は、やはり「戦友別盃の歌」である。この歌はインドネシアのオランダ軍攻撃のためにベトナムのカムラン湾で駆逐艦に乗り込み、戦友と別れるときの気持ちを歌ったものである。
「戦友別盃の歌」
言うなかれ、君よ、わかれを、  世の常を、また生き死にを、 海ばらのはるけき果てに、
今や、はた何をか言はん、 熱き血を捧ぐる者の、大いなる胸を叩けよ、満月を盃にくだきて、
暫し、ただ酔ひて勢(きほ)へよ、  わが征くはバタビヤの街、君はよくバンドンを突け、
この夕べ 相離(さか)るとも かがやかし南十字を  いつの夜か、また共に見ん、
言うなかれ、君よ、わかれを、  見よ、空と水うつところ、黙々と雲は行き雲はゆけるを。

「栄冠・・・」よりも圧倒的な迫力で胸に迫ってくる。これらの戦前の歌の中にこそ古関裕而先生の素晴らしさが表現されていると思う。ただし、佐賀北高校を始めとして甲子園でがんばったすべての高校生に「栄冠」が輝いていることに変わりはないが。

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【2007/08/23 22:49】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
ラジオの時間

しばらく大学病院に入院をしていました。そこでは毎日それこそ、四六時中、ラジオを聴いていました。というよりもラジオを聴くしかない状態だったのです。術後はすごく痛むため、頭の下と上に氷が置かれ身動きが取れない状態で、ただひたすらラジオを聴いていました。
前半は呆然とただただ音楽番組を聴いていたのですが、ある程度痛みが取れてからは、むしろラジオを聴くのが楽しみにさえなっていました。
主には、FM仙台を聞いていたのですが、それ以外にもNHK第一、第二を聞きました。
ラジオ小説というのも結構おもしろいことがわかりました。テレビと違い、登場人物が異常に少ないのです。映像が無いというのがラジオの特質というか、不利な点なんですが、これを逆手にとって
話力というか、話術で勝負しているのがいいですね。ラジオ小説は内容は忘れてしまいましたが、すごくわくわくして、次にどうなるんだという興味がそそられました。
音楽番組もそのパーソナリティの個性が番組を盛り立てます。例えば、山下達郎の番組では「ベタな歌特集」をやってました。達郎の音楽オタクぶりが爆発しており楽しめました。
ユーミンの番組も彼女の独特のワールドに誘う語り口です。やはりテレビのように映像がない分、話力が決定的なんです。
もっとおかしかったのは、「世界の美しいリゾート地をめぐる」という番組です。ラジオで美しいリゾート地をめぐるんですよ。いやあ、おもしろい。ところが現地をリポートする人は、言葉だけで、いかにここが美しいかを説明するんです。記憶があいまいですが、ニューカレドニアだったと思います。その海の景色、海岸線、ビュースポット・・・、それらを丹念に説明するのには驚きました。不思議とその美しいリゾート地が目に浮かぶから不思議です。やはり、人間の脳というものは、「想像力」で解釈する部分がとても大きいのではないかと思いました。
さらにすばらしい番組が続きます。なんと「日本の夜景ベスト30」という番組です。あの有名な函館、神戸、長崎はもちろんのこと、甲府・青森・などの夜景を説明するのです。広島の呉は、傾斜がきついため逆に美しさが素晴らしいといってました。この夜景ベスト30も不思議と言葉だけを聴いているのに、その美しさが伝わってくるから不思議です。ぜひとも呉などに行ってみたいと思ったほどです。新しく始まる裁判員制度の話もありましたし、「能の世界」を伝える番組もやってました。なんというか、ラジオっていうのは、映像(絵)がない分、想像力を働かせる世界だなと思いました。落語や浪曲にも通じる世界かもしれません。四六時中ラジオを聴いていたせいか、ラジオの魅力を知ってしまいました。同時に映像で世論操作するテレビの胡散臭さも知ってしまいましたが。痛みが治まってからしばらくぶりにテレビを見ました。やはりというか、どうでもいい「朝青龍問題」に狂憤していたのが印象的でした。


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【2007/08/18 11:34】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
二日町の小さな神社
きょう、事務所の町内会からある「冊子」をいただいた。冊子の名前は「木町通地区平成風土記」。
私の事務所のあるところは国分町3丁目だが、ここも含めて春日町・木町通・支倉町・柏木などの連合町内会で、ここの地区の歴史・お祭り・古くからある商店・・・などを紹介した立派な本を作ったのである。町内会でここまで深く掘り下げ、町の歴史を書かれたことに深く感銘した。と同時に、私の事務所の近くのことを今までまったく知らないでいたことを痛感した。

一番驚いたのは、二日町の大成建設の南側に位置する、小さな神社である。今までは名前さえも知らなかった。名前がなんと「村境榎大明神」というそうだ。すごい名前だな。あんなに小さい神社なのに「大明神」だったんだ。名前のとおり、ここが村境だったそうだ。仙台というのは、伊達政宗が都市計画を行ってから「仙台」となったが、それ以前は小田原村、荒巻村、小泉村、根岸村などから成り立っていた。特に現在の仙台の中心地区は、小田原村と荒巻村の一部を切り取って「仙台」にしたのだ。その小田原村と荒巻村の境目はどこなのかわからなかったが、この「村境榎大明神」こそが、その境目だったらしいのだ。しかもそこには、直径1mもある榎(えのき)の木があったらしい。ただ、昭和20年の空襲により焼失した。そのとき社殿もやられたらしい。ただ奇跡的に御神体は無事だった。そのご、地元関係者の浄財により小さいとはいえ立派な社殿・鳥居・石碑などを作った。現在も商売繁盛の神様として崇敬されているというではないか。さらに驚くべきは、この神社の敷地を「四ツ谷用水」の支流が通っていたことだ。戦後は四ツ谷用水本流を除いては、支流すべてが使われなくなり埋められていった。

他にも読みどころ満載だ。広瀬町の知事公館。戦前は日本陸軍の精鋭部隊「第二師団」の師団長宿舎だったそうだ。その後宮城県知事の知事公館になり、現在は、宮城県もお金苦しいからだろうか、土日に限り結婚式などの慶事のみに有料貸し出ししているという。ちなみに一日8万円。
他には、伊達騒動の当事者である「伊達兵部宗勝」の屋敷跡が支倉町にあることも知った。
伊達騒動っていまひとつわからないけど、あれも土地(領地)の境界争いから大規模な政治闘争に膨らんでいくんだよね。やっぱり土地の境界って深いね。
さらには、春日町でがんばっている、須藤紙店のおんちゃんも写真入りで載っているではないか。
ここの建物は古くて「表戸が庇の後ろから降りてくる」非常にめずらしい構造の建物なんだそうです。知らなかった。自分の事務所の周りだけでも、とても深くてためになるお話がたくさん載っている町内会力作の冊子でした。

*しばらく所用によりブログを休みます。8月20ごろ再開予定。
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【2007/08/01 21:43】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp