良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
13の月暦

「13の月の暦」というとても気になる話を聞いてきました。少し難しかったんですが、ますます興味が掻き立てられました。きょうはこの「13の月の暦」の話を書くことにしましょう。

「13の月の暦」とは、マヤ暦のことです。マヤ文明は古代から栄え9世紀に忽然と消えてしまった不可思議な文明です。しかし残されたピラミッドや遺跡から高度に発達した文明であることが明らかになりました。とりわけ天文暦学は我々が使っているグレゴリウス暦並みというよりも、ひょっとしたらそれ以上の精度をもつ暦学であるともいわれています。
普通、暦は12ヶ月ですが、このマヤ暦は13月です。
1か月を28日で計算します。13×28で364日。一年は365日ですから残りの一日を「時間をはずした日」とカウントします。マヤ暦のおもしろい点は月の終わりの日、28日は土曜日で終わり、始まりの日は日曜日になるということです。
また、人間のバイオリズムは28日周期なんだそうです。このマヤ暦は自然の理にかなっているそうで、この暦で暮らすと心と体のバランスがよくなるとも言っていました。
難しかったのは、マヤ暦にはもう一つの宇宙暦が内包されているということです。これは一年を260日で計算するそうで、もうこの辺から訳がわからなくなってしまいました。
しかし妙だ。月の公転周期は29,5日であり、一年は365日。正確に言えば365日5時間48分49秒。だから数字的にいえば、グレゴリウス暦や日本の太陰太陽暦のように、その誤差を閏月や閏年で調整したほうが正確なような気もする。
だけどものすごくこの訳のわからないマヤ暦が気になる。例えば満月は一年に13回あるし、胎児や女性の周期は、月の公転周期と微妙に差がある28日であるということなど。
先生は、とにかく頭で考えないで、この「13の月の暦」を毎日眺めて体で感じていなさい。と言われました。そうすると本来の人間のリズムを取り戻してくれるのだそうです。なぜならこの13の月の暦こそ「宇宙の暦」だからだそうです。
訳がわからなかったけど、最近体調が悪いこともあり、ついこの「13の月の暦」を買ってしまいました。「よし、この暦を見てれば体調がよくなるんだな。」と思い直し、先ほど事務所にマヤ暦を持ってきました。でもそこでふと考えてしまいました。というのは、うちの業界(土地家屋調査士嘱託協会)で発行している暦は、太陰太陽暦で、私はこの暦が大好きなんです。この暦を見て、今日の月の状態や満潮時刻、干潮時刻を見るのがなぜか楽しみだからです。
明日からは、普通の暦見て、太陰太陽暦を見て、そしてマヤ暦を見るのでしょうか。なんか忙しいですね。ところで今日、7月26日こそ、偉大なるマヤ暦の新年です。
先生はおもしろいことを言っていました。「今日は新年です。宇宙の新年です。まさに銀河新年なんです。」??


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【2007/07/26 21:57】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
柏木の偉人
先日、仙台暦を作った仙台藩の天文学者、戸板保佑(といたやすすけ)についての話を聞く機会があった。とても興味深い話だったので、今日はその話しの一端を紹介することにしましょう。

私の先生からも戸板保佑のことは聞いたことがあったのですが、改めて戸板保佑の偉大さを知りました。例えば、仙台市天文台の入り口には、「象限儀」(星の高度観測をする器械)や星の位置を測定する古い器械がありますが、あれこそが仙台藩の天文学者・戸板保佑が設計し作ったものだそうです。これらはとても価値があるらしく特に星の位置を測定する器械で現存するものは、この一品だけなんだそうです。
一般的に江戸時代で有名な天文学者というと、伊能忠敬の師匠である高橋至時や渋川春海などが上げられるが、どうしてどうして、この戸板もなかなか素晴らしい天文暦学者だったようです。

柏木の自宅で、これらの天文測量機器を使い観測すること20年、多くの観測記録や書物を著わし、その名声は遠く京都まで伝わったという。京都には当時、代々、暦博士の土御門家がおり彼に招かれて、渋川春海などとともに一緒に宝暦の改暦つくりに参加。その実力のほどを見せ付けた。また、観測機器がある柏木の自宅に、伊達のお殿様がわざわざ訪れて天覧をするという栄誉にも浴された。また天文学だけでなく、和算家としても有名で、さらには「仙台実測誌」を著わしているところからみて、地上測量でも活躍したのかもしれない。
生涯で著わした書物は約900冊。その中には三角関数表を研究した書物もある。

しかし、私が最も驚いたのは、そういう偉大な天文学者が、柏木の自宅で20年間も観測をしていたということ。さらにはそこには今も、子孫の戸板家があり、江戸時代からあるという松の木もそのまま現存しているという事実に驚いた。その位置を住宅地図で眺めてさらに驚く。
かつて私の勤めていた測量会社の駐車場の斜め向かいではないか。あの時は何も知らずにその前を歩いていた。(当然だが)

仙台藩の誇る偉大な天文学者・戸板保佑は意外にも、柏木で天文測量をしていたのである。この近さに一番驚いた。
*ちなみに、東京にある戸板女子短期大学とは、戸板保佑の孫娘が明治時代に開いた大学である。

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【2007/07/18 23:04】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
多賀城の線路

以前、多賀城の臨海工業地帯付近で境界立会いを行ったことがある。隣地の公図が以前は水路か農道のような形をしていた。今日は、そのとき知った意外な話を紹介することにしよう。

公図上そこには約2m幅で細長く続く地番があった。今はそれぞれが民間に払い下げられており、それぞれの登記簿がある。しかし、地権者さんに聞くと、そこは以前、水路敷だったと言う。
その後の区画整理によって新たに水路が作られたため、以前の水路は廃止され、それぞれ隣接する地権者に払い下げられたというのだ。
ここまでは、公図を見た上で、私が推理したとおりだったのだが、地権者さんはさらに古い話をするのだ。
「この元水路があったところは、戦前、この辺が海軍工廠だったときの線路跡なんだ。」
なんと、この辺は海軍工廠だったというのだ。海軍工廠とは、全国に15箇所ほどあった海軍専用の「銃器・火薬類などを作るところ」であり、多賀城にも広範囲にわたって存在していた。
戦後、海軍が解体され、海軍の土地が多賀城市などに移管されたり、民間に払い下げられた。
海軍工廠時代は、この元水路のところが専用の線路で、作られた兵器類が運ばれていたらしいのだ。

そういえば以前、多賀城の伝上山というところで立会いしていたときも、そこが海軍工廠で働く工員さんたちの宿舎だったと聞いたことがある。

いずれにしてもかつて線路で、その後水路になり、そして今は民間に払い下げられ宅地の一部となっている現実を見ると不思議な気がする。

ここがかつて海軍工廠の「機銃部」や「火工部」だったのか。ということはこの付近に弾薬包を装てんし試験発射する射撃場もあっただろう。そしてここで作られた機銃や爆弾を満載してこの線路を通り運んでいたわけだ。

うーん、なんか不思議だ。今は平穏な工場が立ち並ぶこの土地がかつて爆弾や機銃をつくり、そして専用線路で運んでいただなんて。しかもその線路跡が今の公図上にも載っていることがなお不思議なのである。

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【2007/07/11 21:17】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
完璧な赤

最近読了した本は「完璧な赤」であった。赤色の染料をめぐる驚くべき攻防の歴史が描かれていた。とてもおもしろかったので今日は、この「完璧な赤」の話しを紹介することにしよう。

日本においても、ヨーロッパにしても他の国々にしても、古代から「赤色」は重要だった。富の象徴、権力の象徴だけでなく、勇気、戦い、欲望、情熱、そして生命の象徴として、赤色は重要視されてきた。赤は太陽をイメージし同時に血の色や火の色もイメージした。とりわけヨーロッパ人はこの魔術的でなおかつ豪華な色である赤色をこよなく愛した。エリザベス女王だけでなく王様や多くの貴婦人、聖職者にいたるまで「赤」を渇望した。こんにちもアカデミー賞の「赤絨毯の上を歩く」などはその赤色=最高を具現化したものであろう。貴婦人たちは豪華な赤のドレスを身にまとい優越感に浸ろうとした。
ところが「完璧な赤」はある時期までは、なかなか見出せなかったのも事実である。
日本においてもヨーロッパにおいても、赤は「茜(あかね)」から染料を取り出していたが、いまいち鮮やかな赤は取れなかった。つまりぼんやりした赤なのである。蘇芳(すおう)という染料もあったが、これは赤というよりは赤紫色である。
朱色の赤は、あれは硫化水銀という顔料である。他にも酸化鉄から赤の顔料を取っていたようだが、衣服を鮮やかな赤で染め上げる「完璧な赤」は、まだヨーロッパ人の手にするまでにはいかなかった。
そんなときスペイン人が中南米を支配し、そのメキシコで原住民が着ている衣服を見て「完璧な赤」を見つけることになる。その正体は意外にも虫であった。ウツワサボテンにびっしりと張り付いている「コチニール」という虫を天日干しにしたあとつぶすと鮮やかな赤の染料が取れるのだ。
この秘密は長い間、原住民とスペイン人の一部のものにしかわからなかった。コチニールを大量に生産し独占したスペインは莫大な資金を手にすることになる。完璧な赤をほしがったエリザベス女王は海賊にお金を渡してまでスペインのコチニールを手に入れた。他国も同じようにスペインの独占を阻むべくあらゆる暴力を駆使してコチニールを奪った。その結果いくつもの戦争まで起きた。最もおもしろかったのはフランスの愛国者・ティエリのエピソードだ。あらゆる謀略を使い、自分に好意を寄せるスペインの貴婦人をだまし、まんまとメキシコに潜入し大量のコチニールとウツワサボテンを盗みだすことに成功した。そしてフランス領植民地で王立植物園をつくりコチニールの量産に成功した冒険談だ。
まあ、とにかくすごいわ。赤色の染料をめぐる激しい攻防が。それだけ赤色それも完璧な赤は権力者や貴婦人たちを魅了したのだろう。レンブラントの傑作「ユダヤの花嫁」の中の赤いドレスもコチニール染料の絵の具で書いたものだ。300年たっても色あせなく完璧な赤を誇っている.。
赤ってやっぱり人の心を揺さぶるなにかがあるんですかね。

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【2007/07/04 20:54】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp