良ちんの『日常を旅するブログ』
土地家屋調査士 斎藤良一が、旅や映画、読書等日常をつれづれなるままに書き綴るブログ
それからの柴崎芳太郎

先日、話題の映画「剣岳・点の記」を見てきた。うーん、期待しただけに若干がっかり。なんというか、物語構成力が弱い。残念だ。
しかしそうはいっても、測量師が主人公になる映画ってほとんどないから、こういった目立たない英雄である
柴崎芳太郎に着目してくれた木村監督にブラボーといいたい。
私がこれまで見た測量士が主人公の映画といえば、伊能忠敬の「子午線の夢」、イギリス映画の「ウェールズの山」、北朝鮮映画の「朝鮮の地図を作った男」ー金正浩物語ー

この映画では、日本地図の最後の空白地帯であった剣岳に初登頂をめざす、陸軍陸地測量部の柴崎芳太郎の測量を伝えていたが、私は月刊「測量」で読んだ、「それからの柴崎芳太郎」という記事が興味深くおもしろかった。
この記事は、日本測量協会の瀬戸島政博氏の記事であり、柴崎芳太郎が剣岳登頂という快挙後の測量人生を綴ったものだ。確かに柴崎芳太郎は剣岳で終わったわけではなく、その後も全国そして外国の地で外邦図を作るべく三角測量をし続けたのだ。
それによれば、
・明治40年剣岳・標識埋設、測量、 ・明治41年 福島、新潟方面で一等三角測量、二等三角測量他47点三角点設置 ・明治42年山形、秋田、宮城、岩手方面で三等三角測量、三等三角点38点設置
明治43年宮城、岩手で三等三角測量、三等三角点41点設置
その後も、北海道・北見地方の二等三角測量、日高地方の二等三角測量、エトロフ島の一等三角測量
さらに大正6年からは支那、シベリア地方への調査出征をしている。
さすがに外国では自由に測量ができるわけではないから、ある意味スパイ活動のようなことをしていた。
例えば満州では「荒野を馬車などで移動しながら村落間の距離、村落戸数、人口、井戸数、農産物調査をしていた。さらに渡河の際には川幅、水深なども調査していた。」
シベリアのバイカル湖付近でも、秘かに大まかな地図を作るべく暗躍していたようだ。
当然こうした秘密裏に測量を行うのは危険も伴っていたわけで、陸地測量部員の中には馬賊などにとらえられその後の消息不明になったものもいた。
大正9年からは日本領である台湾に赴任し5年間に渡って三角測量をして地図作りに貢献した。

一言で言うとすごすぎる、柴崎芳太郎、でもよくよく考えると柴崎芳太郎だけでなく、困難が伴う地図作りに邁進した陸軍・陸地測量部の隊員全員がすごすぎるのだ。
私が測量会社にいたとき、県を退職したおじさんが勤めていたが、その方は陸地測量部隊員として朝鮮で三角測量をしていたと言っていた。今の北朝鮮と中国の国境付近まで測量をしていたと聞いて感動したものだ。

特に明治初期の三角測量は難儀を極めていたようだ。というのはそもそも日本には伊能忠敬の地図しかない状態で地図作りをしているわけだから、それはそれは過酷さが半端ではなかったであろう。
それらを乗り越えて陸軍・参謀本部・陸地測量部隊員たちは、全国の三角測量、地形測量、そして外邦図作りに邁進したのだ。偉いな、全員が偉い。彼らの本部こそ参謀本部のすぐ隣に立つ美しい陸地測量部本館であった。その建物は映画でも出てくるがイタリアの建築家カペラッティが設計した緑の銅板の屋根と白い外壁の宮殿のように美しい建物であったそうである。
しかし、柴崎芳太郎たち陸軍・陸地測量部隊員の輝かしい戦歴は、その美しく輝く建物をはるかに凌駕する輝きだと私は考えている。
ちなみに柴崎芳太郎は昭和5年に脳溢血で亡くなられている。享年64歳。意外にも出身は山形、大石田町だという。
私の本業のホームページ 不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp


【2009/06/30 21:04】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
ウズベキスタンの思い出

コンビニ店でサッカーの雑誌を見ていたら、先日のワールドカップ南ア大会アジア最終予選を日本代表が勝ち上がったことが特集記事で載っていた。
改めて日本代表が強くなったことを実感した。
なぜなら日本が始めてワールドカップ出場を決めたフランス大会のアジア最終予選はぎりぎりの3位決定戦を勝ちあがり、やっとのおもいでフランス行きの切符を手に入れたレベルだったのだ。
ところが日本の出場において、ウズベキスタンはなぜかいつも重要な位置を占めている。
フランス大会前のアジア最終予選のときを思い出してみよう。
日本はカズや井原といったスター選手が出ていたが、いまひとつぱっとせず、一進一退の攻防を繰り広げていた。
しかもあまりのふがいない日本代表に対してバッシングまで出始めており、ついにはアウェーでのウズベキスタン戦をまえにして監督解任、岡田コーチが急遽代役の監督になったという異例の展開になっていた。
次のウズベキスタン戦で負ければ、日本はワールドカップ出場を逃すというところまで追い込まれていた。
そういった絶体絶命のときに、ウズベキスタンの首都・タシケントで試合が行われたのである。

試合は日本側が後半途中まで負けていて、敗色濃厚であった。ところが井原のどうでもいいようなコロコロといった感じのシュートがなぜか入ってしまい、1対1.そして試合終了となった。
この引き分けは日本人をがっかりさせたが、その後の展開からいくと、このどうでもいいような井原の一点が、日本ワールドカップ出場のキーポイントになっていくのだ。

私はこのとき、もう一つウズベキスタンという国に興味を持つきっかけをいただいた。というのは、テレビでは盛んにウズベキスタン国民が、日本代表の選手に対し、日の丸の旗を振り声援を送っている映像を見た。
そのときは、これはわざとこうしているんだろうな、と思っていたが、後にウズベキスタンの国民が本当に日本のことが好きであることを知ってしまった。
その理由は、シベリア抑留でつれてこられた日本軍の兵隊さんたちが、かつての旧ソ連であるウズベキスタンにもやってきた。
ところがロシア人とは違って、一生懸命働く日本人たちを見て驚いてしまうのだ。また日本人の善良さに触れた人たちも大勢いたのだ。こうして日本人と交流を持ったウズベキスタンの人々は深い感謝の念を持ち、亡くなった日本人のためにお墓まできちんと作ってあげたそうだ。
その後この国を支配していた旧ソ連解体に伴って、やっと本来の国であるウズベキスタンが成立した歴史を持っている。
ウズベキスタン人たちは、今回のサッカーでも日本代表の強さを見てしまっただろう。しかし戦前から今日に至るまで、礼儀正しく、善良で、公正で、フレンドシップに富んでいる素晴らしい日本人を見続けてきたに違いない。

私の本業のホームページ 不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp


【2009/06/15 19:50】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
如来様に委ねよ

現在、あるお寺の確定測量や分筆登記、さらには墓地拡張のための許認可業務を行っている。
先日お寺の住職さんと、これらの実務の打ち合わせに行ったときに、お寺が発行している「○○寺たより」を見せてもらった。なぜなら墓地拡張にともなって、周辺住民にそのことを衆知徹底することが義務付けられており、どういった手段で衆知したかを仙台市に報告しなければならないため、事情を聞いていたからだ。

そのたよりにはしっかりと墓地拡張のお知らせが丁寧に書いてありこれを添付してもいいなと考えていたところ、表紙が目に付いた。そこには毎回「今月の言葉」が書かれているらしく、含蓄のある言葉があった。

「生のみが我等にあらず、死もまた我等なり 我等は生死を並有(へいゆう)するものなり」

我々はともすれば生のみを見て、死というものをタブー視しがちだが、有意義な人生の意味を知るには、むしろ死を凝視することによって得られるという意味らしい。このお寺は真宗大谷派の寺であり、この言葉は真宗大谷派の拠点でもある京都の大谷大学の初代学長、清沢満之(まんし)氏の言葉らしい。
清沢氏は若いときに重い病気にかかり死と直面することになった。この迫りくる「死」という不安と対峙しついに生死を越えるという意味を悟ったそうです。
そして最終的にはすべての人が、如来様に一切を委ねて安楽の世界を得ることができるという確信を持つに至ったそうです.。うーむ、小さな我を捨てて、無限の力を持った如来様に一切を委ねなさいか。なるほどな。

私は難しい仏教思想はよくわからないけど、この清沢満之の言葉と「一切を如来様に委ねよ」という思想には強く惹かれた。
仏教ではないけれど同じような感動をしたことがある。以前見たテレビドラマだが、たしか「明日は陽のそばで」
東京の大学をを中退し地元に戻ったが、目的も見出せずぶらぶらしていたある若者の物語だ。
ある日、近所の神社で一心に祈っている老婆の姿に打たれ神主になろうとし、学校に入りなおす。一生懸命勉強していたのだが、あるとき事件を起こしてしまう。酒を飲んでいたとき、隣り合わせたグループと些細なことから喧嘩をしてしまう。ところが殴った相手が悪かった。なんと学校の理事長の息子だったのだ。
之が元でせっかくの学校も退学となり神主への道が閉ざされてしまうのだ。
これによってますます自暴自棄になる若者。そんなふてくされて生活をしていたある日、またも近所の神社を通りかかったとき、一心不乱に祈りを捧げている老婆の姿を目撃し、感動をする。
神主の道は閉ざされたけど、やはり神様のそばで働きたい。そう思った若者は、宮大工の世界に入っていくのであった。
小さな我を捨てて、如来様、あるいは八百万の神々に祈り続けること、それが大事なんだろうね。やっぱし。

私の本業のホームページ 不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp






【2009/06/04 19:59】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
コスモスのように

驕灘ュ・006_convert_20090527214908道子3 

先日、私の娘の結婚式があり写真のように滞りなく行われた。今日は親ばかの恥をしのんで、このことを書くことにしよう。

娘の祝辞は、私のおじさんに頼むことになった。急遽頼んだこともあり、おじさんからは何について話そうか迷われていたので、子供時代の娘とおじさんの印象深い会話のことを言った。
当時、おじさんはよく言っていた。「笑顔がかわいくて、まるで顔中が笑っているようだ。」

おじさんのスピーチが始まった。いろいろな思い出話をされたあとに、おおよそ次のような話をされたのだ。
「このようにおしゃまで、笑顔がかわいくて、誰からも愛されて、花にたとえると可憐なコスモスのようです。でもコスモスはその可憐さとはうらはらにとても芯が強いんです。野に咲くコスモスは嵐がこようが大雨がこようが何事も無いかのようにすっくと立っている強さがあるのです。
ここで道子ちゃんのために一編の詩を紹介することにしましょう。与謝野晶子のコスモスです。ここでは太陽は旦那さんということになりましょうか。」

      「コスモス」
一本のコスモスが笑っている。
その上に、どっしりと 
太陽が腰をかけている。
そして、きゃしゃなコスモスの花が
なぜか、すこしも、たわまない、
その太陽の重みに。

「顔中が笑っている」というフレーズから、与謝野晶子の詩につなげる見事なスピーチ構成力に感動した。
と同時に、これからもコスモスのような生命力を持って生きていって欲しいなと心から思いました。
さまざまな困難を克服して。

私の本業のホームページ 不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp



【2009/05/27 22:35】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp
友情の寺、仁義の寺

蜷榊商螻・007_convert_20090507094443名古屋1 

先日、名古屋に所用で行ってきたのですが、そのときに覚王山駅から歩いてすぐのところにある「日泰寺」というお寺に参拝してきました。
多少は知っていたお寺でしたが、思っていたよりでかくて素晴らしかったので、今日はこのお寺のことを書くことにしよう。

このお寺は、親日国タイと日本との深いつながりを示す素晴らしいお寺のようです。もともとタイは仏教国であり仏舎利が発見されたおり、タイの国王のはからいもあり、釈尊金銅仏と仏舎利(その一部か?)が日本のすべての仏教徒への贈り物として寄贈された。
米沢出身の偉大な建築家、伊東忠太設計による奉安塔や大寺院、そして五重塔などがこの地、名古屋に建てられたのだ。

親日国タイと日本はさまざまな面で深いつながりと絆で結ばれている。タイの王室と日本の皇室もそうである。
愛子様のお誕生の際には、タイの象が贈られている。あるいは皇太子殿下(現天皇陛下)がタイを訪れた際、苗族が食料不足と聞くや、魚類学者でもある皇太子殿下は、養殖がしやすい魚をプレゼントされ苗族の食糧危機を救われた。この魚は皇太子殿下・明仁の名前から「仁魚」とタイの人たちは親しみを込めて呼んでいる。
あるいは修好120周年をお祝いして、タイ式あずまやが上野動物園に寄贈されている。

しかしなんといっても日本人にとって最大の感謝の言葉をいただいたのは、元首相ククリットの言葉だ。
「日本のおかげでアジア諸国は独立した。日本というお母さんは、難産して母体を損なったが生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が、米・英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったがためである。」

うう、なんてジーンと来る言葉なんだ。われわれ日本は大東亜戦争という仁をなしてアジア諸国の独立を助けたといってくれているのである。
親日国タイと日本の友情がずうっと続くことを願うものである。その深い絆を示すものの一つが、名古屋にある日泰寺だったのである。

私の本業のホームページ 不動産法コンサル・サロン http://www.estate-consultant.jp


【2009/05/20 18:57】 | 日記 | Author:斎藤良一 E-mail:info@estate-consultant.jp